オリンピックの「コスト」を解決する「開催地分散型」というアイデア

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「世界のスポーツ大会」であるオリンピックは、開催するのに莫大な金額がかかり、それを賄える都市は限られているのが現状だ。本当の意味でオリンピックを世界のイヴェントにするために、開催地を世界中の都市に分散させてもいいのかもしれない。『New York Magazine』のエディターが、その可能性を考える。

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経済学者は、オリンピックの開催は「悪い賭け」だと口を揃える。「数字の計算だけでは意味がありません」とスミス大学経済学部教授のアンドリュー・ジンバリストは言う。著書『Circus Maximus』のなかで、オリンピックを誘致するだけですら、候補地はスキャンダルに苦しむオリンピック委員会の犠牲になると彼は述べている。

「オリンピックの開催には100〜200億ドルの費用がかかり、そこから生まれる経済効果は40〜50億ドルです」と彼は言う。いまやストリーミングテレビやリアルタイムなグローバルコミュニケーションに親しんだ世代に試合を公平に見せられるにもかかわらず、経済効果がコストを上回るわけではない、というような経済の罠には、明確な解決策がある。われわれはオリンピックを分散させるべきなのだ。

「世界のイヴェント」の欠陥

ジンバリストは言う。結局のところ、いまだかつてオリンピックを自分たちのために機能させることができた開催地は2都市しかない──ロサンゼルスとバルセロナだけだと。両開催地とも、新しく会場をつくるのではなく、すでにある会場を多くの部分で利用した。そして、多くのスポーツ経済学者が言うように、それこそが成功の鍵なのだ。

北京オリンピックを考えてみるといい。開会式やトラック競技、フィールド競技が行われたアイ・ウェイウェイ設計のスタジアム「Bird’s Nest」は、維持に年間1,100万ドルの費用がかかっている。水泳のマイケル・フェルプス選手が7つの世界記録を更新した「Water Cube」は現在は水上公園となっているが、それでも維持のために年間150万ドルの補助金が必要な状況だ。2008年大会にて中国は約400億ドルを使っており、その結果もたらされたのは1億7,000万ドルほどしかないと考えられている。

あるいは、アテネオリンピックを見てみよう。ギリシャは2004年大会の前から財政的な困難に見舞われており、スタジアムや会場に約110億ドルを費やした結果、その後本格的な経済危機に陥ることになった。

その解決策として、ジンバリストやそのほかのオブザーヴァーは、同じ都市が4年毎に大会を開催してはどうかと提案している。しかし、この案には欠点がある。開催地をロンドンや北京のような都市に限定してしまうことは、オリンピックの精神に反しているのだ。

実は「世界のイヴェント」と呼ばれるオリンピックの49回中30回が、ヨーロッパで開催されている。リオは近代オリンピックの120年の歴史において、初の南アメリカの開催地となる。アフリカではオリンピックが開催されたことがない。開催地を固定化する計画が採用されれば、一生開催されることはないだろう。

世界にオリンピック精神を届けるために

しかし、もし1都市で開催する、という概念を離れれば、アフリカでの開催もありうる。ビーチバレーはビーチがあるリオで毎回行う。フェンシングは金メダリストを多く輩出してきたイタリアで。水泳は国内で熱狂的な人気を誇るオーストラリアで。そしてサッカーは、2010年ワールドカップが国家の誇りとなった南アフリカ共和国で。各国には、その単一の競技にかかる費用のみを負担してもらう。

このアイデアには、「世界の競技者をひとつにする」というオリンピックの精神に反している、という反論があるかもしれない。しかし実際のところ、この案はより公平性をもたらすことになる。

1競技1都市のポリシーは、現在行われている無駄な選考プロセスを緩和する。現在の選考プロセスには数年もの時間を要し、調査だけで1億ドルもかかるのだ。また大会を開催したいという意欲も薄れてきており、そもそも立候補する都市が減少してきている。

IOCは、4年毎に王冠の宝石を分配する必要のない新しい世界に適応していかなければいけないだろう。しかし、実際にこのひとつの(あるいは5つの)リングをほしいと思う都市がどれほどあるかと考えると、開催地を分配するという案が唯一の適応策かもしれない。さらに、ある都市が継続的に開催地になることによって、大会期間中に特定の都市の日常生活が阻害されるといったこともなくなるだろう。

重要なのは、地球上で最も素晴らしい競技大会に参加する機会のない人々に、オリンピックの精神を届けられるということだ。われわれにはすでに、オリンピックを分散して行うのに必要な技術がある。ゴールデンタイムの放送に頼る代わりに、多くの人々がイヴェントをオンデマンドで見ることによって、場所やタイムゾーンは重要ではなくなる。

CBSは毎年マーチ・マッドネス(NCAA男子バスケットボールトーナメント)のために13の異なる都市にクルーを派遣している。NBCであれば、20かそこらの都市を4年毎にカヴァーするのはそれほど難しいことではないだろう。ミシガン大学でテレビ経済学を研究しているアマンダ・ロッツは、オンラインストリーミングはCBSでとてつもなく成功しており、ストリーミングはテレビ鑑賞を低下させる要因にはなっていないと言う。

「人々は、同時にもっと多くのイヴェントを見たいと考えています」とロッツは言う。「NBCのスポーツコメンテーター、ボブ・コスタスなら、ほかに誰もいない都市にいながら、まるでそこが大会の中心地かのように見せることもできるでしょう」

オリンピックのマラソンがケニアで開催され、ナイロビでパーティが行われるところを想像してみてほしい。過去に数多くの偉大な長距離ランナーを輩出しているにもかかわらず、これまで住民たちには地元出身者がエリート競技大会で記録を打ち立てる瞬間を見る機会のなかった地での大会を。

多くの人々は、2週間の大会に100億ドルを費やすことができるほど裕福な国には住んでいない。そういった人々にオリンピックを見る機会を与えることにより、本当の意味で、オリンピックを世界的なイヴェントにすることができるのではないだろうか。

MEGAN GREENWELL|ミーガン・グリーンウェル
『New York Magazine』のウェブマガジン『The Cut』のエディター。米国のスポーツ専門チャンネル・ESPNを経て現職。@megreenwell

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