芥川賞を受賞した、村田沙耶香『コンビニ人間』が大ヒット中。
コンビニバイトを18年間続けている、36歳の未婚女性・古倉恵子が主人公の本作。彼女はなぜコンビニで働くのか、なぜバイトなのか、そしてなぜ未婚なのか。その秘密を紐解くべく、今回は『コンビニ人間』の面白さを紹介します。

『コンビニ人間』文藝春秋 1300円


クレイジー沙耶香! コンビニバイトをする作家とは?

作者の村田沙耶香は、作家をしながら週3日のコンビニバイトをしているという経歴の持ち主。
実際に芥川賞受賞式当日もバイトをしていたそうで「今後もバイトは継続するか?」という質問に対して「店長と相談します」と答えたことで話題となりました。

ほかにも、出演したフジテレビ『ボクらの時代』では、本好きのオードリー・若林正恭、劇作家の本谷有希子と対談。「コンビニでバイトしている時の方が小説が進む」、「レジを打ちながらラストシーンが閃いた」、「家にいる方が書けない」とコンビニと作家活動について話していました。また、運動会の玉転しでは時間をかけすぎて、競技が一時中断したなど、マイペースな性格であることも披露。さらにほかの番組では、「殺人シーンを書いている時は、人間の未知の部分を知ることができて喜ばしい」と答え、作家の西加奈子らから「クレイジー沙耶香」と呼ばれるなど、なかなか個性的な人なのです。

近くにあるのに、無機質すぎる、それがコンビニ

そんな村田沙耶香が本作の舞台に選んだのがコンビニ。
コンビニといえば、どこにでもある、まさに「コンビニエンス(便利)」なストアで、堅実女子の皆さんも、自宅やオフィスの近くなどに行きつけの店舗があると思います。

私の行きつけのコンビニは、ショートヘア&メガネ&身長150cmぐらいのおばちゃん店員が働いています。
いつも元気に「いらっしゃいませ!」と声をかけ、「今日は唐揚げ特売ですよ」と売り込みも欠かさない、やる気十分なおばちゃんです。ある日、そのコンビニへ行った時のこと。レジにショートヘア&メガネ&身長150cmのおばちゃんが3人並んでいました。「ん? 3つ子?」と思いきや、彼女たちはまったくの別人。「同じ店で働いていくと、見た目が似てくるもんだなぁ」と思ったことがあります。

レギュラーコンビニのレジ係の人は、どうしても顔を覚えてしまう=向こうもこっちを覚えている!?

前置きが長くなりましたが、『コンビニ人間』の主人公・古倉恵子は、幼い頃から感情の起伏がなく、合理的に物事を判断する性格で、周囲から異質な存在とされてきました。
両親や妹から愛されて育ったのに、なぜか常識的な考えが持てない。「自分は人と違う」ということを察知した彼女は、周囲に馴染むには、周囲に同化するしかないと学びます。

結果、彼女はコンビニで働くことが、一番自分に合っていると判断。
バイト仲間の女性たちの服装や話し方を真似することで、一般的な女性を演じます。

そして何よりも、コンビニで働いていると誰も彼女のことを「異質」とみなしません。客もバイト仲間も店長も、コンビニ店員としての彼女を必要としている。彼女はおにぎりを並べ、ジュースを補充する毎日を繰り返し、マニュアル通りに働いていればいい。買われた商品は客の手に渡るけれど、まったく同じ商品が、すぐに棚に並べられる。この無機質さが何よりも彼女の安心につながります。

例えば、この小説の舞台がスタバだったらどうでしょう。オーダーする時に、挨拶をしたり、カップに笑顔マークを書いてくれたり、ちょっとした交流が生まれて、ラブストーリーになる可能性もありますよね? でもコンビニは店員と会話する時間はごくわずか、会話することすらないと思います。

この小説の面白いのは、コンビニという日常的な場所を無機質な空間として描きながら、周囲から異質とみなされた古倉恵子にとっては、安心できる唯一無二の空間であることを表現している点です。

さらなる異質が加わると、世界は崩れる

『コンビニ人間』には、古倉恵子とは別のキワモノキャラクターも登場します。バイト仲間である、白羽という男性です。この男が読んでいて、イライラするわ、腹立つわで、よくもまぁ、こんな嫌な男を考えたなぁと思うほど。

この白羽という男はとにかくクセが強い! というか、被害妄想がひどい! 白羽はコンビニでバイトをしているのに、コンビニで働く人を蔑んでいるうえ、上昇志向ばかり高く、そこに向けて努力する方法が間違っている。本当にダメ男中のダメ男。あー、書いていてもイライラする!

と、この白羽の登場により、古倉の生活は少しずつ変わっていきます。これ以上はネタバレになるので書きませんが、白羽と古倉の会話のちぐはぐさ、理論と感情のすれ違いが、読んでいて憎たらしくも笑えてきます。

古倉が冷静に白羽を分析し、この人がいることで自分の人生にどんな作用があるのかを考察する件は、普通の女性の感覚では納得できないでしょう。でも、古倉目線で書かれた本書では、一般的な女性の意見が逆に「異質」に見えるのです。普通と思うことが、視点を変えれば異質である。これも村田沙耶香の描写力なのではないでしょうか。

いつも変わらず、24時間365日存在するコンビニ。どこにでもある店舗と捉える人もいれば、自分らしくいられる唯一の場所とする人もいる。コンビニひとつで、ここまで考えされられるとは、村田沙耶香、恐るべし!

まとめ コンビニを舞台にした点が秀逸、ギリギリな異質なストーリーは必読!