パキスタンとアフガニスタンで、30年にわたり医療や民生支援の活動を続けてきた中村哲・ペシャワール会現地代表が日本記者クラブで会見。2001年9月のNY同時多発テロ後に、「米軍による報復無差別爆撃によって、一般市民多数が犠牲になった」と非難した。

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2016年8月26日、パキスタンとアフガニスタンで、30年にわたり貧者、弱者のための医療や開拓・民生支援の活動を続けてきた中村哲・ペシャワール会現地代表が日本記者クラブで会見した。2001年9月11日のニューヨーク同時多発テロ後に、「米国や世界中がヒステリックな状態になり、米軍による報復無差別爆撃によって、多くの子どもや女性など一般市民が犠牲になった」と非難。現地の住民の立場に立ち、現地の文化や価値観を尊重することが大切だと強調した。

中村氏は1973年に九州大医学部を卒業後、国内の病院勤務を経て、1984 年にパキスタン北西辺境州の州都ペシャワールのミッション病院に赴任。以来、貧困層に多いハンセン病や腸管感染症などの治療に従事、難民キャンプや山岳地域での診療へと活動を広げた。2000年に旱ばつ被害が甚大なアフガニスタンで飲料水・灌漑用井戸事業を始め、2003年から農村復興のため大がかりな水利事業に携わった。

住民の生活向上や平和構築を目指す現地での活動は、国際的に高く評価され、同氏は「アジアのノーベル賞」と言われるマグサイサイ賞を受賞している。

中村氏の発言要旨は次の通り。

アフガニスタンは日本にとって最もなじみの薄い世界。中国を飛び越えて西へ6000キロ。
標高6000メートル以上のヒンズークシ山脈に覆われている。

人口は約2000万人で、自給自足の農業で暮らしている。降雨量は日本の20分の1。山脈の雪が少しずつ解け命をつないできた。かつて100%近い食料自給率を誇る農業国だったが、現在は壊滅状態になっている。

中央集権とは対極の緩やかな首長制で、近代国家とは程遠い。山が高く谷が深い。民族の十字路と言われるほどの多民族国家で、欧米、日本、中国、韓国のような近代国家ではない。警察組織も全土を把握しておらず、日本の戦国時代に似ている。

国家の代わりになるのがイスラム共同体。国民の100%近くが敬虔なイスラム教徒で、法治国家の体制がない中で、もめごとはモスクで話し合われる。貧富の差がはなはだしく、金持ちは海外で高額治療を受けられるが、99%の人が数十円程度のお金がなくて死んでいく。

◆干ばつで村が次々に消えた

アフガン戦争の真っただ中に、ソ連軍や米欧軍が侵攻した。戦死者は200万人、600万人が難民になった。ありとあらゆる感染症が蔓延していた。戦火が下火になったら、診療所を積極的に出して。ハンセン病だけでなくあらゆる治療をするようにした。片道1週間かかる高地から来る患者も多く、途中で息絶える子どももいた。

話題性があるときは人も金もモノも集まるが、関心がなくなれば見向きもされなくなる。
1998年ごろ、ゲリラグループが対立し、内戦状態になった。私たちは患者をほったらかして、逃げるわけにはいかない。

タリバン政権が誕生した後、2000年に世紀の大干ばつに見舞われた。1200万人が被害を受け、うち400万人が飢餓状態で、100万人が餓死寸前だった。次々に村が消えた。水がなく食べ物も取れない子どもが栄養失調で死んでいった。薬では飢えや乾きは直せない。

◆米国、人道的「ピンポイント攻撃」と虚言

2001年9月11日、ニューヨーク同時多発テロが発生。翌日から米軍による報復爆撃が始まった。空爆でテロリストを掃討することは難しい。タリバン政権と言っても、普通の市民は普通に暮らしていた。

世界の大勢は米国の空爆を支持したが、私たちは反対し、空爆下で食料を配った。米国はじめ世界中がヒステリック(感情的)になり、テレビの解説者は野球かサッカーのゲームを見るように評論した。米国は人道的な「ピンポイント攻撃」なのでテロリストだけを攻撃すると言っていたが、実際は無差別爆撃だった。真っ先に子どもや女性、老人が犠牲になった。食糧を必要な人に配給できるか迷ったが、ボランティアが頑張ってくれた。