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日産自動車がとんでもないエンジンを出してきた。9月29日に開幕するパリ・モーターショーに、世界初の可変圧縮比エンジン「VC-T」を出展すると発表したのだ。可変圧縮比といわれても多くの人はピンとこないかもしれないが、これはガソリンエンジン100年の歴史の中でも特筆すべき大発明といえる。

圧縮比を可変にすることがそんなにすごいのか、そもそも圧縮比とは何なのか。できるだけわかりやすく、退屈な話にならないように説明しよう。

エンジンとは、シリンダーの中にガソリンと空気が混ざった混合気を入れて燃焼させ、その爆発的な膨張でピストンを動かすしくみだ。ただし、シリンダー内に入れた混合気にそのまま火をつけても、それほど大きな力は得られない。点火する前にぎゅっと圧縮しておくことで、爆発力が飛躍的にアップする。

では、どのくらい圧縮すればいいのか。その答えは簡単で、圧縮させればさせるほど、エンジンはパワーアップする。ただ、ある程度まで圧縮比を上げると、ノッキングという弊害が発生してしまう。ノッキングは燃焼室内で起きる異常燃焼で、ピストンに穴を開けるなど、エンジンを破壊してしまう現象だ。そのため、高性能なエンジンを開発するには、いかにノッキングを回避しながら圧縮比を上げるかがポイントになる。

ノッキングしないように圧縮比を上げる。これは、決して大げさではなく、世界中の自動車メーカーが100年にわたって追求してきた命題と言っていい。かつてはハイパワーなエンジンを作るために、現在では燃費を良くするために、自動車メーカーは日夜、高圧縮比の実現をめざしているのだ。急に燃費の話が出てきたが、圧縮比を上げるとパワーアップするということは、同じガソリンの量でよりハイパワーにできるということであり、効率が高くなる。つまり低燃費になるのだ。

○独自のリンク機構で可変圧縮比を実現した「VC-T」

日産が世界で初めて実用化した可変圧縮比エンジンは、ノッキングを避けながら圧縮比を高める究極的な方法といえる。ノッキングが起きやすい高回転時、高負荷時には圧縮比を下げ、それ以外のときには圧縮比を上げることができるからだ。おそらくエンジンに圧縮行程が取り入れられるのとほぼ同時に、つまりは100年以上前から、可変圧縮比のアイデアはあったはずだ。エンジンを設計する人なら、状況に応じて圧縮比を変えたいと思わないはずがない。

実際、これまでにも可変圧縮比のしくみは数多く発表されている。しかし、そのすべてはなんらかの問題を抱えており、実用化に至らなかった。圧縮比を変化させるには、ピストンとクランクシャフトの間をつなぐコンロッドの長さを変化させる必要があるが、これは非常に難しい。コンロッドは単なる上下運動ではなく複雑な動きをしているし、非常に高い剛性と軽量さが求められるパーツだ。そこに長さを変えるしくみを組み込むことなど、不可能と言いたくなる。

日産の「VC-T」はクランクシャフトにリンク機構を追加し、このリンクにコンロッドを取り付ける構造。コンロッドの実質的な長さはコンロッドとリンクの合計となり、リンクの角度を変えることで、コンロッドの長さを変化させたのと同じ効果を得ることができる。じつは、このしくみが日産から発表されたのは2005年のことだ。そのため、可変圧縮比の実用化は時間の問題と思われていたのだが、この技術発表から実用化の発表まで、じつに10年以上もかかったことになる。

ちなみに、2005年にはフランスのベンチャー企業であるMCE-5社も、しくみの異なる可変圧縮比のしくみを発表しているが、こちらはその後の進展の発表がいまだにないようだ。可変圧縮比がいかに難しいか、うかがい知れるといえるだろう。

さて、日産の「VC-T」は、圧縮比を14:1から8:1まで変化させることができるという。14:1はマツダがスカイアクティブテクノロジーで実現した圧縮比と同じで、現在のところNAエンジンの究極の圧縮比といえる。一方、8:1はパワー重視のターボエンジンの圧縮比に近い。「VC-T」はターボエンジンだが、この圧縮比を見ると、究極のNAエンジンとハイパワーなターボエンジンがひとつのエンジンにまとめられているといえるかもしれない。

「VC-T」のスペックは発表されていないが、パワーでも燃費でもハイブリッドに対抗できる性能を実現していることは間違いないだろう。また、ターボエンジンであっても、ターボが効いていないときにはNAエンジンと同じ圧縮比にできるので、ターボの弱点をすべて克服できる。ターボラグがないはもちろん、高いレスポンスや高回転の伸びなど、従来はNAエンジンだけの美点とされていた特性を実現しているかもしれない。

もちろん懸念もある。たとえばコスト。まさかハイブリッドほどコスト増になることはないだろうし、最初に搭載されるのはインフィニティブランドのモデルなので、当面はコストが問題となることはないだろう。しかし、コンパクトカーなど他のモデルへの流用を考えたとき、コストは非常に重要だ。

エンジンそのものの仕上がり、熟成度にも懸念はある。というのも、おそらく「VC-T」ではクランクケースをゼロから作り直す必要があるからだ。これまでに登場したエンジン関連の技術、ターボ、DOHC、4バルブ、可変バルブタイミング、直噴などの技術は、いずれもエンジン本体に変更が必要ないか、あるいはヘッド部分だけの変更だった。しかし、「VC-T」ではクランクケースを作り直さなければならない。

クランクケースは建築でいえば基礎、土台にあたるもので、地味だが非常に重要だ。そして、意外にも数多くのノウハウがある。補強のためのリブ(板状の突起)ひとつとっても、軽量化と強度の両立、さらには振動や騒音を巧みに封じ込める振動特性などのノウハウが詰まっているのだ。そして、これまでのエンジンではクランクケースを大幅に変える必要がなかったため、現在のエンジンのクランクケースは、数十年分のノウハウを積み上げた究極の完成度になっている。

「VC-T」では、おそらくその積み上げたノウハウの多くをリセットして開発しなければならない。コンピューターシミュレーションを駆使できる現代でも、その完成度を高めていくのは非常に難しいはずだ。

このように、可変圧縮比は非常に難易度の高い技術だが、しかしいまの日産といえば「技術の日産」。パリ・モーターショーでの発表に際しては、驚くべき数字が並ぶであろうスペックとともに、こうした難問を日産がどのように解決したかに注目したい。日産のエンジンといえば、1994年に登場したVQエンジンは世界的に絶大な高評価を受け、現在でもルノーなどに供給されているほどだ。そうした技術力から生み出された「VC-T」によって、ガソリンエンジンの歴史に新たなページが開かれることを期待したい。

(山津正明)