昨冬のリオのカーニバルの時期に、ブラジルとアルゼンチンを半月ほど旅行した。写真はベロ・オリゾンテの空港。筆者撮影。

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昨冬のリオのカーニバルの時期に、ブラジルとアルゼンチンを半月ほど旅行した。航空券もホテルも自分で予約する完全な個人旅行で、サルヴァドールからリオデジャネイロに向かう途中、トランジットでベロ・オリゾンテという都市の空港に数時間滞在した。

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休憩コーナー、ショップ、レストラン、キッズルーム…という案内標識に従ってエスカレーターで2階に上がると、そこには案内標識があるだけで、薄暗くだだっ広い空間が広がっていた。

一体どういうことなのか、現地の友人に尋ねると、「空港の拡張工事が(2014年の)サッカーワールドカップに間に合わなかったので、そのまま放置されている」という答えが返ってきた。

リオのオリンピック前にも「スタジアムの工事が進んでいない」という記事を何度も見た。日本人の目に、この国の人々の職業意識は穴だらけに見える。

出国審査場の係員は、おしゃべりしながらパスポートにスタンプを押し、私の顔も見なかった。空港チェックインカウンターでは長蛇の列ができているにも関わらず、窓口のスタッフは隣のブースのスタッフと手をつなぎながら、空いた方の手で端末を操作していた。日本なら動画がSNSに投稿され、上層部の人たちが謝罪会見を開くレベルだろう。

しかし、ブラジル、特にリオで私はほとんど苦労しなかった。地図を持って立ち止まっていると、必ず誰かが近づいてきて、英語で「どうしたの?」と聞いてくる。サブウェイでも、路線バスの中でも、隣り合わせた人が私に何をしたいかを尋ね、助けてくれる。空港に向かう路線バスでは、若い男性が私に降りるべきターミナルを教えてくれただけでなく、自分が降りる際に運転手にも引き継いでくれていた。

日本では、知らない人に道を尋ねるときには、親切で暇そうな人を見極めないと、無視されかねない。中国では、向こうからニコニコと近寄ってくる人は、よい人でないことが多い。ブラジル人の陽気さと親切さは、旅行者にとって救いだ。

一方、同じくBricsの一員である中国。私が働いていた大学の教室には、天井から大きなテレビがぶら下がっていて、同僚が中国という国を説明する際に、よくこのテレビを例に挙げた。「大きな予算を組んで全部の教室に取り付けたのに、日本語学科では一度も使われていない」私の在職中には、米国の大手IT企業の寄付で先進的な教室ができたが、20人しか座れないその教室に合う講義がなく、ずっと鍵がかかったままだ。教員室には監視カメラが設置されているが、動作している気配はない。大連マラソンには1000人以上のボランティアがいたが、みな座り込んでスマホをいじっており、落とし物の探し方を尋ねても誰も答えられなかった。

ブラジルは、インフラの脆弱さや公務員のいい加減さを、市民の柔軟さ(ホスピタリティ)でカバーしている。中国は、大掛かりなプロジェクトでインフラを作り上げるが、ニーズに合わず野ざらしになっていたり、オペレーション能力の不足で無力化(時には障害にすらなる)されている。

日本はどうか。日本は完全なインフラを作り、ミスなくオペレーションすることに心血を注ぐ。列車がオーバーランしたら報道される。ファックスの送信ミスを防ぐために、2人1組で送信する会社は多い。9月1日の防災訓練のニュースを見るたびに、「いつ起こるか分からない災害のために、こんなに真剣に(けが人役の迫真の演技にいつも見入ってしまう)訓練する国は日本くらいだろうな」と驚嘆する。しかし完璧さを追求するあまり、人が疲弊している場面を見ると、何が正解なのか分からなくなるのである。

■筆者プロフィール:浦上早苗
大卒後、地方新聞社に12年半勤務。国費留学生として中国・大連に留学し、少数民族中心の大学で日本語講師に。並行して、中国語、英語のメディア・ニュース翻訳に従事。日本人役としての映画出演やマナー講師の経験も持つ。