『大統領の演説』(パトリック・ハーラン/KADOKAWA)

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「Yes,we can!」――この“決め台詞”で、日本でも大いに話題となった、第44代アメリカ合衆国大統領、バラク・オバマ。2009年に誕生した、アメリカ初の黒人大統領は今年で8年間の任期を終えようとしている。

 2016年8月現在、次期大統領を決めるべく、アメリカは選挙戦の真っ最中。最終候補者は、「大本命」ヒラリー・クリントン、「不動産王」ドナルド・トランプの2名。中でも問題発言を繰り返すトランプ氏の言動は、日本のメディアでも度々報じられ、物議を醸している。

 4年に1度の大統領選挙は、アメリカ国内では文字どおりのお祭りである。が、日本人の私からすると、どうしてそこまで盛り上がるのか、と疑問に感じてしまう。

 この疑問に対する回答として、本書『大統領の演説』(パトリック・ハーラン/1KADOKAWA)の冒頭では、「候補者たちのスピーチ力」が挙げられている(ちなみに著者は、お笑いコンビ「パックンマックン」で知られる芸人のパックン)。

 スピーチといえば「お堅くて退屈で、早く終われば終わるほど喜ばれるもの」というのが、日本人にとっての共通認識ではないかと思う。小難しくて堅苦しいご挨拶に始まり、毒にも薬にもならない雑学がだらだら続き、定型文や決まり文句で締める。聞き手も話し手も、だれもが形式的にやり過ごす、嫌な記憶しか残らないイベント。

 ところが、アメリカにおけるスピーチは違う。多様な人種・思想が混在するアメリカでは、幼稚園児のころから人前で話す機会を与えられるほど、スピーチの力が重要視されている。「技術を学び、練習を重ね、実践を繰り返しているから」、アメリカ人はしゃべりがうまい。私自身を含め、人前でしゃべることに抵抗感を抱く人が多い日本人とはえらい違いだ。

 政策よりもスピーチが大事といっても過言ではない大統領選挙――だからこそ、アメリカ大統領の演説は、聞いているだけでワクワクさせられるほどおもしろい。大統領選におけるスピーチには、聞き手の心をつかみ「話し手が望む方向に聞き手を動かす」ための技術が詰め込まれている。

 大事なのは、「説得の3要素」と呼ばれる「エトス」「パトス」「ロゴス」を話に盛り込むことだという。

 エトスは、話し手の信頼を高める要素で、代表的なのは、地元ネタや自分の家族の話をして親近感を抱いてもらうテクニック。特に、話し手と聞き手のあいだに共通の認識があることを示すキーワード(これを「コモンプレイス」という)となる地元ネタは、聞き手の心をつかむためには欠かせない、重要なポイントだ。

 たとえば、アメリカ人へ向けたスピーチであれば、「戦争」や「勝利」という言葉が頻繁に使われる。なぜなら「アメリカが世界一強い国」というアメリカ人の共通認識に響くから。キリスト教圏では「イエス・キリストに刃向かったユダヤ人」といった聖書ネタが多いのも理屈は同じ。とはいえ、聖書ネタは日本人からするといまいちピンとこない。要するにコモンプレイスは、聞き手によって使い分けることで初めて効果を発揮するのである。

 2つ目の「パトス」とは、感情に働きかける要素のこと。子どもや弱者への同情を促したり、非道徳的な行為に対して怒りをあらわにし、聞き手の正義感を昂らせたりする。政治家による税金の無駄遣いを、ほかの政治家がここぞとばかりに非難する、あれだ。

 3つ目「ロゴス」は、知性に訴える論理的な説得要素。本書では、論理に言葉の覚えやすさや語呂のよさを加え、さらに効果を増すことを推奨している。冒頭に引用した「Yes,we can!」や小泉元首相の「自民党をぶっ壊す!」など、簡潔かつ印象的な言いまわしがよい例で、これは「サウンドバイト」と呼ばれるロゴステクニックのひとつ。

 せっかくなので、聞き手の耳に残る巧みな言いまわしで人気を博した、第35代大統領ジョン・F・ケネディによる就任演説の一部分を引用したい。

「共に考えましょう。2国間の隔たりにこだわるのではなく、我々が団結できる問題はいったい何なのかを」。「共に作り上げましょう。兵器の規制に対する初の本格的、そして詳細な提言を……」。「共に努力しましょう……」「共に手を取りましょう……」「そして、共に新しい試みに取り組みましょう……」

 原文では、「Let both sides」で始まる段落が4回も続く(その直後の段落でも文中に使われているので、正確には計5回!)。話し手の高揚感が聞き手の胸に染み込んでいくような、力強い言いまわしである。

 ほかにも、本書では読み進めるほど心惹かれるような名演説が多数登場する。なお、電子版には紙の書籍に収録できなかったスピーチ全文(英語・翻訳ともに)が収録されているので、気になった演説は、ぜひ全文でチェックしてみてほしい。

 日本のスピーチ(というか、さまざまな行事の「ご挨拶」)もこれくらい個性豊かで、しっかり考え抜かれ、周到に準備されていたのなら、もっと多くの人が耳を傾けてくれるだろうに……。

文=上原純(Office Ti+)