21世紀の日本を先取りした「平穏を望む殺人鬼」


ようやくストーリーに本格的に参戦してきた吉良吉影。ジョジョ第四部のラスボスであり、原作者の荒木先生が「好きなんですよ」と告白したキャラクターだ。ジョジョの画集『JoJo aーgo! go! 』に収録された作者人気投票キャラクターベスト10でも、東方仗助に注ぐ二位にランクインしている。6位がジョセフ・ジョースター、8位が空条承太郎で歴代主人公たちの立場がない!


吉良の名前は「キラー(殺人者)」に由来し、殺さずにはいられない性癖の持ち主。スタンド名「キラークイーン」の元ネタは、イギリスのロックバンド「QUEEN」からだ。この曲が後にサードアルバムの『シアーハートアタック』に収録されたのも、今考えると意味深だ(おいおい分かります)。

「平穏を望む殺人鬼」は漫画どころか史実でもほとんど例を見ない。そんな特異なキャラクターは、殺人者たちの動機が知りたくて、資料を読み込んだ荒木先生の好奇心のたまもの。「吉良吉影」と頭文字を揃えてるのも「ジョジョ」と同じで、まるでもう一人の主人公のようだ。

吉良は歴代ラスボスの中でも唯一無二だ。生態系の頂点を目指したカーズ、世界を跪かせる野望を抱いたDIO、そして「植物のように平穏に生きること」を望んで町を一歩も出ないサラリーマン……! その理由は、90年代末という時代だった--と荒木先生は語る。

「吉良を描いていた時代には、やはり平穏が求められていたんですよね。幸せっていうのは、人間の頂点に立つことではないという」(集英社リミックス ジョジョの奇妙な冒険 PART4 ダイヤモンドは砕けない VOL.27」

すでに頂点を過ぎた21世紀の日本を先取りしていたキャラクター、吉良吉影。原作者が「殺人を犯しているところを除けば、本当に僕のヒーロー像そのもの」と語る気持ちが、今後の展開を追っていけばしみじみと共感できるはずだ。

第21話は、こんなお話


人々が賑わうお昼どき。吉良吉影は女子社員の誘いを断り、パン屋でサンドイッチを買って公園で1人、悠々とランチを楽しんでいた。そこで仗助たちと話をしていた重ちーは、自分と吉良のサンドイッチの袋を間違えて持って行ってしまう。その袋の中には、吉良が肌身離さず連れ歩いていた「彼女」が入っているとも知らずに……。

「手を切る」ギャグに独りでウケる吉良吉影


さんさんと日差しの降り注ぐ杜王町の郊外、別荘地帯にある一軒家。縁側で朝の爪切り、食卓にはトーストと目玉焼とサラダ、栄養バランスの取れた朝食だ。

「さぁ頂こうか。そうそう、君にはプレゼントがあるんだ」

高価そうな指輪を贈られる、美しい指。その手首の持ち主は、すでにこの世にいなかった……。

吉良吉影、独りで静かで豊かな食卓にさえドス黒い表現規制の入る男。このパートはアニメオリジナル(指輪は後の伏線)だが、手首が乾燥しつつある描写が狂気をさらに加速させている。

今回はジョジョは奇妙な冒険をしない。サラリーマン吉良吉影の平穏を守るための冒険だ。「殺人を重ねることで心静かでいたい」と根本から矛盾している吉良にとって、毎日が「冒険」の連続と言っていい。見た目がいいから、職場の女子にモテテしまう!

「吉良吉影33歳独身。仕事は真面目でソツなくこなすが今一つ情熱がない男。悪い奴じゃあないんだがこれといって特徴のない影の薄い男さ」

ヤケに詳しい同僚がいる特徴の無い影の薄い男。意識的に目立たないようにしても、非凡なオーラがにじみ出てしまうのだろう。

「おいおい。何を怒って拗ねてるんだ。新入社員の女の子達にお昼を誘われただけじゃあないか」

恋人に語りかけるような優しい言葉と、懐のポケットにしまった「彼女」に話しかけているというギャップが背筋を寒くする。そしてサンドイッチを選ぼうと、「彼女」の指でラップを突く。

「しまった…ラップを突き破ってソースを染み出させてしまったぞ。いけない子だ」

ソースまみれになった指をチュパチュパ……店員が見ていなくてラッキーだった。もし見ていたなら、命はなかったのだから。

「美しい街だ。杜王町。こんな素晴らしい街が他にあるかな。まるでピクニックに来てる気分だね」

死体の手首に乗せたサンドイッチ、腐敗臭を気にして消臭剤を持ち歩く手慣れかた。「手を切る時期か…『手を切る』フフフ」という一人ウケ。どんな脳の構造をしていたら、こんな平穏で幸せでおぞましいシーンを考えつくんですか荒木先生。

しかし、ここが幸せのピーク。『吉良吉影の奇妙な冒険』が始まるのだった……。

第四部のラスボス、跳び箱の中でコント


「昼飯代貸してくれ。俺達小銭忘れたんだ」

喜劇王チャップリンいわく「最悪の悲劇は最高の喜劇」。重ちーにとって最悪の悲劇は、コントのような幕開けだった。

500万円の宝くじを山分けした三人だったが、銀行に下ろしに行くのを面倒がって重ちーに千円を借りる仗助と億泰。二人の借用書を書いているスキに、重ちーの買ったサンジェルメン(原作ではサンジェルマン。実在の店とかぶるから?)は犬に盗まれてしまう。おらのサンドイッチどこだ? と拾ったのが吉良の買ったもの。その袋には「彼女」が入っていた……お互いに運が悪かったのだ。

「証拠」を握られたまま、奪い取るチャンスを伺う吉良。この時の3人の会話がほのぼのとして心に沁みる。飲み物つけて一人500円でほか弁は苦しい、学食ならたっぷり食えるが康一が山岸由花子と一緒で幸せな奴をオカズに飯を食いたくない……と先週の話も拾っている(原作とエピソードの順番を入れ替えた成果でもある)。

教師の飲み物を盗み飲みするために体育準備室に忍び込む重ちーを追って、吉良も部屋の中に。そこに仗助と億泰がやってきて、とっさに跳び箱の中に隠れる30代サラリーマン!

カツにソースだの醤油だの言い合ってるとき、ハンガーをねじって針金に戻し、跳び箱の中から袋を引っ掛けようとする吉良。もう少し……というところでシールが破けて袋が落ち、「彼女」が少し見えている!  第四部のラスボス、渾身のコントであった。

「何してるんだど仗助さん!まさかオラのサンドイッチを盗み食いしようって魂胆だったんじゃないかど!」

仗助に「さん」付けしてお勉強の効果が出ているものの(第19話を参照)モノへの執着は相変わらず強い重ちー。しかし、「弁当を盗んだの盗まないのと揉める仲間たち、実は近くに真犯人」というシチュエーションは、「ごっつええ感じ」でもありそう。

そのゴタゴタの間に、吉良はサンジェルメンの袋を無事に回収。しかし、そんなことで重ちーが諦めるわけがない。探しものはなんですか、見つけにくいものならハーヴェストの出番だ!

ハーヴェストが跳び箱の中を捜索し、あわやというところで体育教師がやってきて状況終了。「彼女」をハードな状況を乗り越えて取り戻した吉良は、「やり遂げた」清々しい面持ちだ。これぞ殺人鬼が今まで「幸せな人生」を送ってきた秘密。細やかな気配りと大胆な行動力、そして強運。ただし、今回は「スタンド使いに出会う」という不運があった……。

自己紹介という形の殺人宣告


吉良の持つ袋をハーヴェストで取り上げようとした重ちーは、ついに見てしまった。本物の人間の手を。それが入っていた袋が自分の買ったものだという男の顔を。

「なんということだ…見てしまったか。そして小僧。貴様も私と同じ能力を持っているのか」

吉良がハーヴェストを見える人=スタンド使いだと確定した瞬間だ。逆に言うと、これ以前の演出は意識的に「見えるかどうか分からない」ように配慮されてる。

・跳び箱の中で能力を使わずに自力で袋を回収しようとする
・袋を探すハーヴェストに気づいてないのは、注意が跳び箱の外の騒ぎに向いていたから
・「な…なんだ…これは一体…袋が引っ張られる」では、「袋が引っ張られる」という現象に驚く(見えてない一般人)のではなく、「引っ張るスタンド」に驚いている(自分以外のスタンド使いとは会ったことがない)

もう完璧と言っていいスゴさ! そして唐突に始まる、マンガ史上最長かもしれない自己紹介。

「私の名は『吉良吉影』 年齢33歳。自宅は杜王町北東部の別荘地帯にあり結婚はしていない。仕事は『カメユーチェーン店』の会社員で 毎日遅くとも夜8時までには帰宅する。
タバコは吸わない。酒はたしなむ程度。夜11時には床につき、必ず8時間は睡眠をとるようにしている。寝る前にあたたかいミルクを飲み、20分ほどのストレッチで体をほぐしてから床につくと、ほとんど朝まで熟睡さ。赤ん坊のように疲労やストレスを残さずに朝目を覚ませるんだ。健康診断でも異常なしと言われたよ」

こんな生活してみたい! もとい、常に心の平穏を願って生きている人間が個人情報保護をさらけ出す意味はたった一つ。相手を生かして帰す気はないという漆黒の意志だ。

「つまり重ちーくん。君は私の睡眠を妨げるトラブルであり敵というわけさ」。

とうとう全貌を現す吉良のスタンド・キラークイーン。重ちーを始末する動機は「今夜もぐっすり眠れるように」。平穏を愛する理想のサラリーマンにして、人の死を石ころほどにも思わない最悪のサイコパスとの戦いがついにスタート!(続く)
(多根清史)