『国のために死ねるか』  作者:伊藤祐靖 文藝春秋 256p 780円

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自衛隊にはつい先ごろまで
特殊部隊がなかった

 伊藤祐靖。1964年生まれ。日本体育大学を特待生で入学。体育教師への道を断ち、海上自衛隊に最下級兵士として入隊。幹部候補生学校に合格し20年間勤務する。前半10年は、防衛大学校指導教官としての2年を除けば戦闘艦艇、いわゆる“いくさぶね”に乗船。後半は特別警備隊の創隊と、この隊の先任隊長となって鍛え上げる。42歳で自衛隊を退職。その後、ミンダナオ島に拠点を移し、個人の資格で世界各国の警察や軍隊に指導を行う。現在は警備会社のアドバイザーを務める傍ら、私塾を開き現役自衛官を含む生徒たちに知識・技術・経験を教えている男だ。

 この男の手記がとんでもなく面白い。

 日本の自衛隊には特殊部隊がつい先ごろまでなかったことを知っているだろうか。ある大事件が起こり、それが発端となって創隊が計画されたのが1999年。彼はその企画の最初から関わり、自らが某国の特殊訓練を受け、部隊員の募集、教育、訓練を行い、世界に肩を並べる部隊を作った。

 1999年3月、イージス艦「みょうこう」の航海長だった伊藤に緊急出航の命令が下った。だが航路を引かなければならない航海長にさえ、艦長は行き先を明かさない。出航準備直前にようやく明かされた行き先は富山湾。のちに能登半島沖不審船事件と名付けられた出動は、北朝鮮の不審船を発見することだった。漁船にカモフラージュされた船は船尾が観音開きで開く構造になっていた。そこから工作船が出入りし日本人を拉致していたかもしれないのだ。

 海上自衛隊の本来の任務は、追跡し海上保安庁に位置情報を流すだけだ。不審船に乗り込むのは海上保安官たちである。向こうは軍人、こちらは海のお巡りさん。とても勝負にならない、と心配してみていた時、不審船は10万馬力で全力航行を開始した。

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