公開された、3万2,000点を超える「バウハウス・アーカイヴ」

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1900年代前半に数多くの才能を輩出したドイツのデザイン学校、バウハウス。ハーヴァード大学に長年にわたって寄贈されてきたその卒業生たちの作品が、オンラインアーカイヴとして公開された。

Harvard’s first Bauhaus show was held in 1930. Organized by undergrads, it was also the first Bauhaus exhibition in the United States. We are revisiting Bauhaus materials, such as this 1930 catalogue, as we prepare to host another Bauhaus exhibition in 2019―the 100th anniversary of the school’s founding. See our profile for the link to the Bauhaus Special Collection. #bauhaus #archives #harvard #bauhaus100 ― Image credit: Catalogue of the 1930 Bauhaus exhibition, Harvard Society for Contemporary Art, Harvard University Archives, HUD 3298, Box 1.

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Harvard Art Museumsさん(@harvardartmuseums)が投稿した写真 -

バウハウスは本当に消滅したわけではない。この有名なドイツの美術学校が実際に存在したのは、1919〜1933年までのわずか14年間だが、その遺産は多くの方法で生き続けている。

最も新しく姿を現したものが、ハーヴァード大学の膨大なオンラインアーカイヴだ。同大学では、絵画や素描、写真、彫刻などをはじめとした3万2,000点を超える作品をデジタル化して、誰もが閲覧できるように公開した。デザイン好きの人なら、何時間でも至福のひとときを過ごせるだろう。

バウハウスは、芸術とデザインの分野が重なり合い、ひとつの芸術言語として融け合う理想的な学校をつくるという目標のもとに、建築家のヴァルター・グロピウスが1919年に創立した学校だ。建築から織物、グラフィックデザインまで、ありとあらゆるものについてのワークショップが開かれた。ただし、ここから生まれた最も有名なものが、「ここで学んだ人々」であることは間違いない。

バウハウスの卒業生には、非常に多作で影響力の大きい人々が多い。1933年にナチス政権からの圧力によって閉校となったあとでさえ、バウハウスで学んだ芸術家やデザイナーたちは、その教えを広め続けた。建築家であり、バウハウスの最後の校長を務めたミース・ファン・デル・ローエは、シカゴに亡命してアーマー大学(現在のイリノイ工科大学)建築学科の主任教授になった。デザイナーのヨゼフ・アルバースは、米国ノースカロライナ州のブラック・マウンテン・カレッジに移ったあと、イェール大学で教鞭をとった。

創設者のグロピウスは、最終的にハーヴァード大学に落ち着き、同大学デザイン大学院で1937〜1952年まで主任教授を務めた。これにより、ハーヴァード大学とバウハウスとの深い関係が始まったのだ。

バウハウスの巨匠と学生たちは、長年にわたって、自分の作品をハーヴァード大学のブッシュ・ライジンガー美術館に寄贈してきた。これが、失われていたかもしれないバウハウス作品の、世界最大のコレクションのひとつとなっている。

ハーヴァード大学は、膨大な量の情報にアクセスしやすくするために、素晴らしい作業を完成させた。アーカイヴは手法ごとに整理され、有名なデザイナーの学生時代の作品を紹介している。作品は、キーワードやタイトル、作者名、物件番号で検索可能だ。

このアーカイヴは、バウハウスのデザイナーたちが生み出した膨大な数の作品をコンテキストに沿って説明する助けにはなる。といっても、バウハウスの遺産は、その長く続いてきた影響力の大きなデザイナーたちによってすでにしっかりと確立されている。アーカイヴは、彼らの作品を見つけやすくするものに過ぎない。

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