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米国航空宇宙局(NASA)は8月23日、トラブルによって通信が途絶していた太陽探査機「STEREO-B」から、約2年ぶりに信号が届いたと発表した。今後、衛星の状態などを確認し、観測が再開できるかどうかを探るという。

STEREOは2006年10月25日に打ち上げられた太陽探査機で、STEREO-AとSTEREO-Bの2機から構成される。それぞれ4基の観測装置を搭載しており、太陽を2方向から観測する。2方向から立体的に、また地球から見て太陽の裏側にあたる面も含めた太陽の全体を観測できる探査機はSTEREOが世界で唯一で、太陽からの大規模なコロナ質量放射の観測に成功するなど、これまでに多くの成果を残している。

しかし2014年10月1日、STEREO-Bが、トラブルから自力で復旧するためのシステムの試験を行っている最中に、姿勢制御システムの不具合によって姿勢が乱れ、通信が途絶。以来、途絶する直前までに送られてきたデータの分析と、復旧に向けた努力が行われたが、まったく音沙汰のない状態が続いていた。

だが日本時間2016年8月22日7時27分(米東部夏時間8月21日18時27分)、NASAの深宇宙ネットワークのアンテナがSTEREO-Bからの信号を捉えることに成功。観測再開に向けた希望がつながった。

○約2年ぶりに届いた便り

通信途絶の直前にあたる2014年9月27日、STEREO-Bは「コマンド・ロス・タイマー」(command loss timer)と呼ばれる機能の試験を行っていた。このころ、STEREOは地球から見て太陽の真後ろへ行ってしまい、地球と直接通信ができなくなる3カ月の期間が目前に迫っていた。コマンド・ロス・タイマーは、地球からの指令(通信)が72時間にわたって届かなかった場合、探査機が何かトラブルが起きているとに判断し、自動的にコンピューターをリセットして、復旧を試みるという機能で、この通信ができない3か月の間に何度も発動することになっていた。そこであらかじめ、コマンド・ロス・タイマーがきちんと動作するかを試験で確認することになった。なおSTEREO-Aは、この日までにすでに同じ試験を行い、無事に完了していた。

運用チームは2014年10月1日に試験を実施。コマンド・ロス・タイマーは予定どおり動き、コンピューターをリセットした。ところが、その直後からSTEREO-Bから届く電波が急激に弱くなり、そしてやがて消えてしまった。

運用チームは、コンピューターのリセットの直後から通信途絶までのわずかな間に得られたテレメトリー(探査機の状態を示すデータの入った信号)を分析した。すると、探査機の「慣性計測装置」の電源が入っていたことがわかった。慣性計測装置とは、ジャイロを使って3軸の角速度を計測し、探査機の回転率や方向(姿勢)を知るための装置である。通常、コンピューターのリセット直後、探査機が自身の姿勢を知る手段としては、カメラで星を撮影して写っている星の情報から衛星の姿勢を知る「スター・トラッカー」(恒星センサ)が使われることになっていた。だが、スター・トラッカーが機能するまでは時間がかかることあるため、スター・トラッカーが立ち上がるまでの間は慣性計測装置が起動し、回転率の情報を姿勢制御システムへ提供することになっていた。

コンピューターのリセット直後、探査機からの信号が弱かった理由は、スター・トラッカーがまだ十分に機能していなかったため、自身の姿勢を正確に制御できず、それにより探査機がアンテナをきちんと地球に向けることができなかったためと推測された。

そしてさらに分析を進めると、慣性計測装置のジャイロの1つが故障し、間違ったデータを姿勢制御システムに送っていたことも判明した。

その後、何が起きたかはまだ正確にはわかっていないが、、慣性計測装置からの間違ったデータをもとに、姿勢制御システムが機体を安定させようと、リアクション・ホイールを回転させたり、スラスターを噴射したりしたところ、逆に機体を回転させてしまったのではないかと見られている。その場合、探査機は太陽電池パドルを太陽の方向に向け続けることができず、発電量が減り、さらにバッテリーの充電もいずれは切れ、探査機は機能を停止することになる。

運用チームは分析を行った後、2015年からSTEREO-Bへ向けて指令を送り始めた。STEREO-Bの正確な状態は不明だったため、指令が届くかどうかはわからなかった。この指令には、スター・トラッカーの電源を入れること、故障している可能性が高い慣性計測装置の電源を切ること、またバッテリーを温存するために最低限の機器のみ電源を入れること、そして十分な電力が使えるようになった段階で通信の発信機の電源を入れることなどが記されていた。

長らく探査機からの音沙汰はなく、電波望遠鏡もわずかな電波さえ捉えることができなかったが、途絶から約2年が経った8月22日、ついに探査機の電力が戻り、信号を発信。地球との通信の回復に成功した。

電力が戻った理由は明らかになっていないが、この2年の間に探査機と太陽との位置関係が変わったことで、姿勢が乱れた状態でも太陽光が当たりやすくなり、やがて電力が回復。それにより運用チームが送り続けていた指令がついに届いたものと考えられる。

運用チームは数時間にわたって探査機の状態を示すデータをダウンロードした後、バッテリーを節約するために送信機はいったん切っている。STEREOの運用チームは今後、得られた情報から探査機の健康状態を分析し、その後姿勢制御の再確立と、各機器の復旧、そして観測再開に向けた運用に入るという。

STEREO-AとSTEREO-Bはそれぞれ質量620kgの太陽探査機で、NASAとジョンズ・ホプキンス大学応用物理研究所が開発、運用を担当している。

2機は2006年10月25日の打ち上げ後、まず地球周回軌道に入り、月スイングバイによって太陽周回軌道に入った。この軌道は少し特殊で、地球の少し外側をまわっている点は同じなものの、STEREO-Aは地球から見て軌道の前方に、STEREO-Bは後方に位置している。打ち上げ直後は地球のすぐ前方・後方にいたが、徐々に地球から離れてゆき、さらに2015年初めには太陽を挟んだ地球の反対側ですれ違い、2016年8月現在は地球の前方にSTEREO-Bが、後方にSTEREO-Aが位置し、徐々に地球に近付くような状態になっている。

STEREOという名前はSolar TErrestrial RElations Observatoryの略だが、2機の探査機で太陽を立体的に観測できるという点で、立体という意味のStereoにもかかっている。またSTEREO-AのAはAhead(前方)、BはBehind(後方)の頭文字からとられている。

当初、STEREO両機の設計寿命は2年と考えられていたが、予想を大きく超えて運用が続いている。なおSTEREO-Aはこれまでのところ、大きなトラブルもなく順調に運用が続いている。

○日本の「ひとみ」とよく似たトラブル

今回のSTEREO-Bのトラブルは、日本のX線天文衛星「ひとみ」で起きたトラブルとよく似ている。「ひとみ」は2016年2月に打ち上げられ、観測に向けた試験中の同年3月に姿勢異常が発生。機体は分解し、4月に復旧が断念された。

「ひとみ」もまた、慣性計測装置とスター・トラッカーが想定と異なる動作をしたため、実際には回転していないにもかかわらず、衛星は自分が回転していると誤った判断をし、その結果、回転を止めようとする向きにリアクション・ホイールを動かしたところ、逆に衛星を回転させてしまうという姿勢異常が発生した。

だが、「ひとみ」の場合はさらに事態が悪いほうへ進み、いっぱいいっぱいになったリアクション・ホイールの回転数を減らすことができず、探査機はこの状況を危険と判断し、衛星を安全な状態とするため、セーフ・ホールドと呼ばれるモードへ移行し、スラスターを噴射して回転を止めようとしたと推定されている。

しかしスラスターを制御するパラメータに誤りがあり、想定と異なる指示をスラスターに与えたと推定される。その結果、スラスターは想定と異なる方向へ向けて噴射を行い、衛星の回転を止められなかったばかりか、逆に加速させてしまったと考えられている。その結果、高速で回転する力に耐えられず、太陽電池パドルや探査機の後ろに伸びる進展式光学ベンチなど、構造的に弱い部位が破損したものと推定されている。

両機は規模も目的も異なるため、単純に比較できるものではないだろうが、しかし姿勢制御系のトラブルは珍しいものではなく、どの衛星や探査機でも起こりうることであり、またひとたび起これば、衛星を完全に失うほどの事故にまで発展する危険があることを示している。似たトラブルがきっかけでありながら、なぜ「ひとみ」は全損し、STEREO-Bは蘇ることができたのか。また逆に、どうすれば「ひとみ」を救うことができたのか、あるいはあと何が起きていればSTEREO-Bも全損する事態になっていたのかを考えることは、今後の宇宙機の開発における大きな教訓になるかもしれない。

参考
・NASA Reestablishes Contact With STEREO-B | NASA
 
・STEREO - Behind Status
 
・Saving STEREO-B: The 189-million-mile Road to Recovery | NASA
 
・NASA's "lost" spacecraft STEREO-B phones home after 22 months of silence - CBS News
 
・X線天文衛星ASTRO-H「ひとみ」異常事象調査報告書
 

(鳥嶋真也)