『写真のなかの「わたし」ポートレイトの歴史を読む』(鳥原学/筑摩書房)

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 今、現代人がもっとも大切にしている感覚は、「フォトジェニック」か否かという点だろう。多くの若者たちは、写真映えのする場所やモノに惹き付けられる。特に自撮りでは、自らを可愛く、かつ、個性豊かに演出したいと願っている。たとえば、スマホアプリ「snapchat」や「SNOW」は、自撮り写真を顔認識機能によって、自撮りした自分の顔を変形させたり、デコレーションをしたりすることができるという点で若者たちの間で大きな人気を集めている。若者のブームの裏には、思わずシェアしたくなるような「写真映えの良さ」が大きな要素としてある。

 どうして、現代人は、こんなにも写真が好きなのだろうか。特に、若者は、なぜすぐに「自撮り」をしたくなるのか。その起源には一体何があるのだろうか。

 写真評論家の鳥原学著『写真のなかの「わたし」ポートレイトの歴史を読む』(筑摩書房)のなかで、写真の誕生から現代の自撮りブームまで、その変遷に触れている。鳥原氏によれば、現代の自撮り文化を担っているのは、10代の女性たちであるという。電通総研が2015年に行った調査「若者まるわかり調査2015」では、「今しかできないと思う趣味・好きなこと」という質問に対し、女子高生は、第1位としてプリクラ、2位ファッション、3位メイク・美容、4位自撮り、5位としてハロウィンなどのイベント時のコスプレ・仮装という回答をした。すべて自分自身のヴィジュアルイメージに対する関心で占められており、1位のプリクラも4位の自撮りの一種と考えられるから、若い女性にとって、自分の姿を記録し、それをシェアしあうことの意味はとてつもなく大きい。

 最初のプリクラであるアトラス社製の「プリント倶楽部」が渋谷のゲームセンターに登場したのは1995年のこと。企画したのは同社の広報の女性社員で、10代の女性たちの趣味として、写真とシールの収集や交換が定着していたことがその発想の背景にあったという。女子高生の間では、それを「プリ帳」という小さなノートに貼って持ち歩き、友達と見せ合い、欲しい写真と交換することが流行した。極めてアナログな形だが、写真をシェアしたり、拡散したりするコミュニケーションはこの頃から萌芽していたといえる。

 元々、1990年代半ば以降、日本において、女性と写真を結びつける現象が続いていた。ファッションの分野では渋谷に押切もえのようなスーパー女子高生が登場して、同年代向けのファッション雑誌の読者モデルとして活躍し始めていた。隣の原宿では、街を歩くおしゃれな若者のストリートスナップによるファッション雑誌が誕生していた。そして、男性中心の写真界のなかに、蜷川実花などの若い女性たちが登場して、セルフポートレイト作品を発表し始めたのもこの頃のことだった。このような出来事とともに、街角にプリクラが登場し、2000年10月末発売のシャープ製の携帯電話J-SH04には、普及が進み始めた携帯電話に、極小のカメラモジュールが搭載された。製品コンセプトとして掲げられていたのは、「持ち歩くプリクラ」。1990年代以降、女性と写真を結びつける現象のなかで、プリクラが誕生したこと、そして、プリクラの影響を受けて、手軽に写真が撮れるツールとしてカメラ付き携帯電話が誕生したことは、決して偶然ではないと鳥原氏はいう。

 若者にとって写真は、自己確認と変身の願望を叶え、さらに共有し、拡散するツールとして展開してきている。プリクラ機が顔認識を導入し、目を大きくする機能やナチュラルに「盛る」機能などを搭載するのと同様に、スマホにおいて行われる自撮りにおいても、写真のための加工アプリが話題を集めている。プリクラにしろ、スマホによる自撮り写真にしろ、自らを写す写真は、10代の女性たちの承認欲求を満たすように進化し続けているのだ。今後のブームの源も今のブームの中にあるに違いない。

文=アサトーミナミ