『主砲論: なぜ新井を応援するのか』(迫 勝則/徳間書店)

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 プロ野球が好きな人ならば「2000本」「200勝」という数字がどれほど大きなものか理解できるだろう。これは「名球会」に名を連ねるための条件であり、野手が安打「2000本」以上、投手が勝利数「200勝」以上である。つまり「名球会」とはこの条件をクリアした、まさに野球界のレジェンド団体ということだ。そして今年、その名球会入りを果たした選手が現在までに3人いる。しかもそのうち2人は同一チームから誕生しており、これは過去に2例しかなく、さらに12年ぶりという快挙だ。その選手は「新井貴浩」と「黒田博樹」の2名で、チームは「広島東洋カープ」である。

 しかしこの快挙に際して、複雑な感情を抱いたカープファンもいるだろう。なぜか? それは新井貴浩という選手の持つ経歴に理由がある。『主砲論: なぜ新井を応援するのか』(迫 勝則/間書店)には、そのあたりの事情を含めた新井の2000本安打達成に至る足跡が語られている。

 本書はタイトルが『主砲論』で、サブタイトルが「なぜ新井を応援するのか」となるのだが、内容はどちらかといえば「なぜ新井を応援するのか」のほうが強い。他球団の主砲──つまり4番バッターについても触れられてはいるが、書かれていることのほとんどは新井に関してである。

 ではまずその「主砲論」についてだが、著者は主砲に必要なのは「人間力」ではないかと説く。そしてその「人間力」とは、自らのストーリーを創作して実践する「自己構成力」、相手心理の上をいく「状況把握と読み」、失敗してもくじけない「しなやかな心」の三要素で構成されるという。2003年にカープの4番、つまり主砲となった新井だったが、そのプレッシャーから全く打てなくなってしまった。メンタルの部分が弱く、筆者のいう「しなやかな心」が欠けていたのだ。それを補うため、新井は2004年のシーズンオフに鹿児島県にある最福寺で「護摩行」を行なうことになる。それをきっかけに2005年のシーズン、彼は飛躍的な進化を遂げるのだった。

 結果からいえばこの年の新井は43本のホームランを放ち、ホームラン王となっている。カープの4番打者として、見事に大輪の花を咲かせたのだ。さらに迫氏は新井の「当たればホームラン」という豪快なバッティングも、主砲の重要な資質として挙げている。

 これだけの成績を残した4番打者が2016年に2000安打を達成した。当然、広島ファンならば全員が最敬礼で迎えるべき慶事であろう。だが先にも述べたが、それを複雑な想いで観たファンも少なからず存在した。それは誰もがカープの4番打者として期待した新井が、2007年のシーズンオフにFA(フリーエージェント)権を行使して阪神タイガースへ移籍していたからである。

 広島という球団は、親会社を持たない市民球団である。そのため運営資金は潤沢とはいえず、選手獲得でのマネーゲームには参加しにくい事情があった。ゆえにFA権を行使した選手の獲得も消極的で、宣言をした選手の残留も認めていなかったのだ。だが新井に対しては宣言をした上での残留を認めるという例外的扱いで、交渉が進められた。しかし結果として、新井は阪神へと移籍した。この時のカープファンの絶望感は、筆舌に尽くしがたかった。何せ2002年に同じくカープで4番を打っていた金本知憲が、やはりFAで阪神へ移籍。広島は主砲を相次いで失ったのだから。当然、金本や新井に向けられる視線が温かいものになろうはずがないことは、容易に想像できるだろう。

 しかし、ここで物語は終わらなかった。2014年のシーズンオフ、阪神を自由契約となった新井が広島へ復帰したのである。当時の経緯を知るファンの反応は実に冷ややかで、彼に期待などしていなかった。ところが、2015年の成績は117安打57打点を記録し、オールスターにも出場している。要するに活躍したということだ。

 そして2016年の今年、新井はついに大記録を達成した。そしてカープが8月17日時点でセ・リーグ首位につけている、その原動力ともなっている。本書では、かつて新井に冷淡だったファンたちも声援を送るようになったという。もちろん、いまだに新井を「認めない」ファンもいることだろう。それは新井が生涯、背負わなければならない十字架である。それでも、もし今年リーグ制覇を達成し、新井のバットで日本シリーズをも制することができたとしたら、彼の評価がどうなるのか興味深いところである。

文=木谷誠