ジェニファー・ジョーンズ(1919〜2009)。映画「終着駅」の一場面

前回の記事に引き続き、1933年(昭和8年)生まれのぶらいおんさんに、これまで観てきた懐かしの映画などについて語っていただく。

今回の時期は、昭和20年代後半。ぶらいおんさんが18歳ごろに観た作品群について、この時代の名女優、ジェニファー・ジョーンズをめぐる思い出を。

初恋の彼女と日記を交換して語り合った「ジェニイの肖像」

今回は、若い人々には余り関係の無いことを記すことになるのかも知れない。しかし、今、生きている自分と自分の関わった時代を説明しようとするなら、私にとっては避けることの出来ない道なのである。

先ず、気付いたのは、現在と筆者が意識して映画を観はじめた時代(高校3年生満18歳...昭和26-27年)とでは、外国映画の封切り時期が大きく異なっていたことを挙げて置かねばならない。
つまり、こういう事である。現在では、特に米国映画などでは、その封切りは日本国内と米国で同時、作品によっては日本国内が先行する場合さえある。商業的成果を求めて、主演映画俳優が来日し、記者会見やらファンと一堂に会して新作映画を宣伝し、盛り上げたりすることも珍しくない。

しかし、敗戦の昭和20年から可成り長い間、外国映画の日本国内の封切りは製作国のそれから数年間遅れるのが、むしろ普通であった。だから、敗戦後の全ての物資が不足し、精神的にも潤いの欠如した時代に上映される戦勝国、特に米国映画は派手で、物質的、経済的に豊かで、オーバーに言えば、目が眩むように、只ただ圧倒された、という印象が強い。

そんなわけで、敗戦後日本で上映された映画が、実は米国では戦時中に制作、封切りされていた作品であることも少なく無かった。数年間のタイムラグがあるわけだから、密かに憧れたりしていた女優の年齢も、筆者が実際に、その映画を観たときにはスクリーン上での年齢より、実年齢は既に数歳高かったことになる。
当時は、そんなことは全く意識していなかったが、映画の製作年月日を調べたりすると、数年くらい前の作品が日本では、最新作のように取り扱われていたことを思い出した。これを読んで下さる方も、当時の日本の状態を改めて認識して頂く必要がある。

筆者が一応、大人になり始める頃、私に最大の影響を及ぼした映画と言えば、先ずこれを挙げねばならない。それは1948年に製作され、(筆者の記憶では)1951年頃東京で封切られた、米国映画「ジェニイの肖像(Portrait of Jennie)」である。
DVDの解説によれば、1939年に出版されたロバート・ネイサンの中編小説の映画化ということで、分類からすれば、ファンタジー小説に属し、紙の本では早川文庫から翻訳出版され、筆者も所有しているのだが、今、見つけることが出来ない。原作英文小説Portrait of Jennieは電子書籍化され、Amazonで購入可能であり、筆者のタブレット内にも収まっている。

ストーリーはこうだ。売れない画家のエブン・アダムス(ジョセフ・コットン)は遅い冬の夕暮れ、ニューヨークのセントラルパークで、一人で雪だるまを作っている可愛い少女ジェニイ(ジェニファー・ジョーンズ)と不思議な出会いをする。BGMが更にミステリアスな雰囲気を演出する。後で筆者は識るのだが、この映画で実に効果的に使用されていたのが、ドビュッシーの「亜麻色の髪の乙女」とかシーンの随所に顔を出し、そしてこの映画の最も重要なシーンでも流れる「牧神の午後への前奏曲」の旋律であった。

当時、年齢的な多感性も含め、言ってみれば絵を描く前の無地のカンバス状態にあった筆者の上に鮮烈なイメージが描出され、心に深く刻み込まれたのは、この映画そのものもそうだが、ドビュッシーの音楽の存在が大であった。これによって、その後の筆者の音楽的嗜好は完全に決定づけられた。いわゆるクラシック音楽で、最高感度作曲家はクロード・ドビュッシーあり、ラヴェル、サティと続き、そしてラフマニノフとなり、私の中ではベートーヴェンでもモーツアルトでもない。

少女ジェニイ・アップルトンは、自分の両親が名の知れたサーカス団の綱渡り曲芸人で、「昨日も会って来た」と告げるが、実は、そのサーカス団は過去には活躍したが、現在は不明の存在だ。エブンは怪しむが、ジェニイは無邪気な表情で、だが、フッと寂しげな表情をみせ、唄を口ずさむ。"Where I come from Nobody knows; And where I'm going Everything goes. The wind blows, The sea flows- And nobody knows."そして私が好きなゲームは"wishing game"だとエブンに告げる。彼が「何を望んでいるの?」と訊ねると、ジェニイは「私の成長をあなたが待っていてくれること」と答え、身を翻し、あっという間に夕闇に消えてしまう。
エブンはジェニイがベンチの上に忘れていった新聞紙に包んだスカーフをみつけて、ジェニイを呼ぶが、既にその姿は無いので、預かって置くことになる。このスカーフは後のシーンで重要な意味を持つ小道具とされている。

この映画のテーマを一言で言ってしまえば、「愛は時をも超える」ということになろう。スカーフを包んであった新聞は古い日付で、確かにジェニイの言っていたサーカス団公演の紹介が掲載されていたのだ。ジェニイと出会ったときのスケッチは画廊で認められ、画廊の女オーナー(エセル・バリモア)に肖像画は特に対象への「愛」が重要であることを教えられる。

再び、セントラルパークのあの場所で出会った二人はスケートをしたり、ホットチョコレートを楽しんだりして時を過ごすが、画家エブンはジェニイが最初の出会いより大人びたことを感ずる。また、エブンのスケッチ帳の中からニューイングランドのケープ・コッドの荒涼たる風景を見つけ出したジェニイは「怖い」と呟く。見知った風景のように語るので、行ったことがあるの?とエブンが訊ねると、首を横に振るが、そのスケッチ帳を急いで閉じる。
ジェニイは別れるときに「私は急いで成長するから、待っててね」と告げて姿を消す。

この映画は全体的にモノクロームなのだが、映像に関し、様々な工夫が施されている。その一つが、印象的な風景にキャンバス様のフィルターを掛けて、恰も絵画そのものような雰囲気を醸し出している。

思うようにジェニイに会えるわけではないが、また例のベンチの所で出会ったジェニイは更に成長していたが、涙にくれており、綱渡りの綱が切れて両親二人とも亡くなった、と言う。それで、叔母に引き取られることになり、修道院の学校に入学することになった、とエブンに報告する。彼はジェニイの肖像画を描きたいと告げる、と叔母の所へ立つ前にアトリエを訪ねる、と約束する。エブンは、後に古い新聞で、ジェニイの両親の事故の記事を見つけるが、それは現在の話では無く、過去の事実だったことを知る。

叔母の家へ旅立つ前日、正装し、更に女性らしくなったジェニイがエブンのアトリエを訪れ、夜を徹して肖像画を描くことになるのだが、「叔母さんの所へは行かず、自分と結婚して欲しい。」と望むエブンに修道院の学校を卒業するまで待って欲しい、と告げてジェニイは出発する。

しかし、時が経っても一向にジェニイからの連絡は無い。痺れを切らしたエブンは修道院を訪ねたが、そこでジェニイお気に入りの先生から告げられたのは、遙か昔にケープ・コッドを襲った津波でジェニイは行方不明となった、という事件だった。

エブンのスケッチを見たジェニイが怖れたケープコッドの荒涼とした海岸を訪ね、当時を知る漁師達に訊ねまわり、遂に事件の日にジェニイにボートを貸した、という老人を見つけた。そして何年か前の同じ日が既に目前に迫っていた。「この天候では嵐など来る筈がない」という漁師達の声を背にしてエブンは老人から借りた小型ヨットで、ケープ・コッドの灯台を目指す。灯台のある岩礁に辿り着いたとき、海は波が高く、風は吹き荒れていた。

「ジェニイ、ジェニイ!」と大声で呼ぶエブンに答えて、辺りは不思議な雰囲気に包まれ、画面は緑色に変わり、背景にはドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」の旋律が効果的に流れ、波に攫われそうになりながら、ずぶ濡れのジェニイが姿を現す。その手をエブンが「もう離さない」と確り取り、ここで過去から急いで大人に成長してきたジェニイと現在のエブンが一点に交わるかに見えるが、無情にも押し寄せた大波がエブンの手からジェニイを奪い去って行く。

嵐の去った海岸に倒れていたエブンを、心配して探しに来た画廊オーナー、エセルが見つけるが、ジェニイが身につけていた筈の、例のスカーフを手にしている。気を失っていたエブンの傍らに落ちていた、という。

『ここで、愛は時を超えるが、タイムトラベルのルールは守られたことが示されるわけだ。』
つまり、愛し合った二人は確かに存在したが、二つの異なった時代(時間)は、当然ながら統一されることは無かった。残されたのは、ジェニイのスカーフと、今やメトロポリタン美術館に収蔵されることになった絵画「ジェニイの肖像」という名品だけだった。この美術館に展示された肖像画のシーンのみテクニカラーで美しく彩色されていたことも当時話題となった。

可成り長く説明したが、筆者としては最大限に読者に、その全体的雰囲気と当時の筆者の思い入れの大きさを伝えたかった。その為、手元に保存し、長く視聴することも無かったDVDを改めて再生してみて、可成り細部まで当時の記憶を取り戻すことが出来た。

DVDの解説にもあるのだが、当時28歳の主演女優ジェニファー・ジョーンズ(Jennifer Jones, 出生名: Phylis Lee Isley, 1919年3月2日 - 2009年12月17日)はアメリカ合衆国オクラホマ州タルサ出身。1940から50年代を代表するハリウッド女優。)が、10代前半の少女を演ずる個所ではさすがに多少、不自然さは否めなかったが、アカデミー主演女優賞を受賞し、他の作品でも何度も同賞にノミネートされているだけあって、全体的には素晴らしい演技力、表現力を感じさせた。
それに対し、貧乏画家を演じたジョセフ・コットンは、筆者にとって好ましい俳優ではある(第三の男では悪くなかった)のだが、筆者の印象では、どうしても(実際に付合いのある画家達と比べて)画家のイメージにはそぐわないのが残念であった。

いずれにせよ、この映画が筆者の、その後の人生に与えた影響は大きい。好みの音楽の方向性が位置づけられたし、このことが、この種のファンタジーというか、SF的傾向を好み、映画のみならず、あらゆる分野の作品について強い関心を抱き続ける私の嗜好性を形成している。そして、これが将に今に至るまで、筆者の芸術作品発掘の強い動機で、またその判断基準にすらなっている。

矢張り、当時観た映画の中で印象に残る類似タイプのものを一つだけ挙げて置こう。それはイギリス映画で、戦闘機のパイロットが空中戦で撃墜され、エスカレーターのような階段を天国へ向かって登って行くという、タイトルもズバリ「天国への階段」という映画であった。そのストーリーには、矢張り彼を愛する女性が登場し、実際には生死の境を彷徨うパイロットの蘇生を願って懸命に介護を続ける。もう、あちらの世界に足を踏み入れかけていたパイロットが、恋人の調理するキッチンから流れて来るタマネギの匂いに刺激されたことをきっかけとして、此の世に引き戻される、というもので、これも「愛の力」が死から大切な人を取り戻す、という印象的な作品であった。

話は、好感度女優ジェニファー・ジョーンズに戻るが、実はもう1本、彼女の主演DVD作品も見直してみた。それはイタリアの巨匠として知られるヴィットリオ・デ・シーカ監督の「終着駅」(1953年製作)である。相手役の主演男優はモンゴメリー・クリフトである。彼も筆者にとって好ましい俳優で、別の有名な作品「陽のあたる場所」で、著名な美人女優エリザベス・テーラーとも共演しており、この映画もまた筆者がいつか取り上げる筈の印象的な作品である。

今回、改めて2本のジェニファー・ジョーンズ作品を見直してみて、感じたことがある。それは、青春時代の初めに感激して観た映画、そしてそれを話題にして、胸をときめかせながら淡い初恋の彼女と日記を交換して語り合った「ジェニイの肖像」という映画に圧倒的な思いを持ち続けて来たのであるが、今になって観てみると作品の出来映えとしては「終着駅」の方が数段上であることを改めて認識した。

ご存知の方もあろうか、と思うが、極簡単に紹介すれば、イタリア在住の妹を訪ねてきたアメリカ人の人妻メアリー(ジェニファー・ジョーンズ)が、ローマで知り合ったアメリカ系イタリア人の青年ジョバンニ(モンゴメリー・クリフト)と道ならぬ、激しい恋に陥って人生の岐路に立ち、その大きく揺れ動く心の有様をターミナル駅ローマを背景に見事に描き切った巨匠監督の手に成る名作である、と私は承知しているのだが、人によっては「単なる不倫映画じゃないか」と切り捨てるかも知れない。

実は、若い頃の私自身、好きな俳優二人の主演する映画だし、ヴィットリオ・デ・シーカ監督の采配ぶりに満足はしていたが、当時「ジェニイの肖像」を超えるほど評価していたわけでも無かった。

ローマ駅の雑踏の中でさりげなく表現されて居るのだが、若い筆者が見落としていた、当時の米国と日本同様の敗戦国イタリアとの豊かさの格差、分かり易く言えば「ドル」の価値の高さ(それはメアリーのお金の使い方でも分かる)や、ターミナル駅の雰囲気を巧みに醸し出しながら通り過ぎて行く様々な市井の登場人物達(中には大統領も、そして聖職者のグループ、巡礼者の団体から得体の知れぬ、怪しげな、浮浪者)までが、人生の岐路に立つ二人の女と男の、愛しくも切ない心に(二人が意識しようが、しまいが)影を落として、作品の質を一層高めている。

ジェニファー・ジョーンズの「両親は巡業劇団を持っていたため、彼女は子供の頃から舞台に立っていた。」そうであるが、彼女の演技は抜群である。決して、いわゆる美人女優とは呼ばれないかも知れない。しかし、彼女の演技に引き込まれて行くと、時には限りなく愛らしく、また時には男の心をゾクッとさせるような美しさが煌めく。いや、そんな外見的なことでは無く、彼女のちょっとした表情の変化が、内面的な、その微妙な心の動きを反映して見事にその人物を表現するのだ。

スクリーン上でしか、お目に掛かったことは無いが、是非舞台の上の彼女の演技を観てみたかった(今から7年ほど前(2009年)に世を去っているから叶わぬ夢ではあるが...))。

言ってしまえば、単なる人妻のアヴァンチュールと切り捨てられる、良くある話が、ここまで人々を感動させ、その映画音楽がイージーリスニングとしていつまでも愛されるのは、それを芸術作品の域まで高めた、監督をはじめ、それを演じ切った俳優達、その効果を盛り上げるために奮闘努力したスタッフ一同の成果の賜であろう。

それにしても、古いDVDを再鑑賞してみて、改めて人間である男と女の、どうしようもない愚かさと、愛しさ、そして現実とイデアの狭間を揺れ動く、人間の悲しさをつくづくと感じさせられた。

人は産まれ、生き、愛し、歳を取り、衰え、そして死んで行く。人というものが、当たり前で、愚かで、限りなく愛しい、どうしようもない存在であることを率直に認めざるを得ない。それは何処まで行っても人工知能やロボットが活躍する世界とは異質の(滅び行く)世界の現実の姿なのかも知れない。(この回終わり)

筆者:ぶらいおん(詩人、フリーライター)東京で生まれ育ち、青壮年を通じて暮らし、前期高齢者になって、父方ルーツ、万葉集ゆかりの当地へ居を移し、今は地域社会で細(ささ)やかに活動しながら、西方浄土に日々臨む後期高齢者、現在100歳を超える母を介護中。https://twitter.com/buraijoh