テレビが死んだといわれるいま、なぜ「オリンピック中継」は人を惹きつけるのか

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約2週間にわたって行われたリオ五輪を、今年も多くの人がテレビで楽しんだ。SNSやオンデマンドのメディアサーヴィスに溢れた時代に、なぜテレビのオリンピック放送は依然として人気なのか。その礎を築いた米NBCの試行錯誤の歴史と、デジタル時代に明らかになったテレビの魅力。

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分散化したオンデマンドメディアの時代には、何百万という人々がゴールデンタイムの時間帯にテレビの前に座るという考えは古臭く思える。それにもかかわらず、NBC(National Broadcasting Company:全国放送会社。米国三大ネットワークのひとつで、2032年までの五輪放映権を獲得していると報じられている)のオリンピック放送は依然として、テレビにおける最も大きなイヴェントである。

リオオリンピックには確かに観るべき理由がたくさんあるが、そこには何かもっと深いものがある。オリンピックの魅力を増大させるのは、「テレビ放送」それそのものなのだ。

ソウルで生まれた「テンプレート」

毎晩放送される試合のハイライトやダイジェストも、確かにその要因のひとつだ。しかしそれ以上に重要なのは、オリンピックを「たくさんの試合が行われているもの」ではなく「深いヒューマンストーリー」とする考えが、NBCの番組製作の根底にあるということだ。オリンピックの活気に満ちたタペストリーに人間模様を織り込むことが、20年以上にわたるNBCのテレビ放送の原動力となっている。

現代のNBCのテレビ放送のテンプレートは、伝説的なプロデューサー、ディック・エバーソルが率いて生み出したものだ。

それは、1988年のソウルオリンピックのパッとしない放送後のことだった。NBCはこれを、従来のスポーツ報道──実況と解説、性差別、あるいは成績中心の考え方──を捨て去る機会として、そしてオリンピックは人々にとってどんな意味があるのかを再評価する機会と考えた。

結果、オリンピック放送における5つの「磁石」が特定されたのだ。

データを知る男、スキアヴォーネ

ニコラス・スキアヴォーネは、優れたオリンピックのストーリーとなった、ソウルでのグレッグ・ローガニスの競技を見たのを覚えている。その有名なアメリカ人ダイヴァーは、飛び込み競技の予選のときに頭を打った。脳しんとうを起こしたが、ローガニスは見事に回復し、予選の最高スコアを記録した。彼は金メダルを目指して決勝の舞台に立った。

1988年ソウル五輪。グレッグ・ローガニスは見事金メダルを獲得した。

これこそ「素晴らしいテレビ」、以上のもので、時代を超えた人間ドラマであり、まさにオリンピックそのものだった。だが、NBCを見ていた数百万人もの視聴者は、ローガニスの勝利の瞬間を、画面の分割表示によって卓球の試合と一緒に見ることになった(実際にはそれは卓球ではなくバスケットボールだったのだが、スキアヴォーネは卓球だったと記憶している)。

スキアヴォーネはNBCのリサーチ課で働いていたが、このオリンピックの最高のストーリーが普通の試合に格下げされたという問題を調べるのに、わざわざデータを扱う必要はなかった。

お粗末な視聴率だった1988年のオリンピック後、エバーソルはスキアヴォーネを訪ねた。スキアヴォーネはデータを熟知しており、エバーソルはオリンピックがなんたるかを理解していた。

すべては受け取る側次第

スキアヴォーネは、オリンピックについて、あるいはスポーツ全般について何も知らなかったが、コミュニケーションとストーリーテリングについてはわかっていた。彼は哲学者トマス・アクィナスの言葉を引用した。「メッセージは受け取る側次第である」。すなわち、もしNBCがみんなにオリンピックを見てほしいのならば、彼らは人々の期待に沿ったオリンピック放送を提供しなければならないということだ。

これは当たり前のことのように思えるが、当時は誰もその「期待」とは何かがわかっていなかった。そこでエバーソルはスキアヴォーネに、それが何かを突き止めるように言った。

スキアヴォーネは、全国の何千人ものテレビ視聴者にインタヴューを行った。「わたしたちは、彼らの暮らしについて聞くことから始めました」とスキアヴォーネは言う。「どのようにテレビを利用しているかをまずは尋ね、インタヴューの終わりにだけ、オリンピックについて話したのです」

徹底的な統計分析によって、スキアヴォーネが言うところの「人々を毎日、毎週、そして何年もオリンピックに引き付ける」ための、5つの「磁石」が特定された。

スキアヴォーネの「5つの磁石」

第1に、そして何よりも、ナラティヴが重要であること。つまりオリンピックとは、個々の試合の集まりであると同時にそれらがひとつにつながった壮大な物語であるということだ。

2番目は、何でも起こりうる台本なしのドラマとして放送すること。3番目は勝敗にフォーカスすること。そして4番目はオリンピックを崇高なものとして扱うこと。5番目は、アスリートたちの普遍的な愛国心を表すことである。

NBCは1992年のバルセロナ夏季オリンピックからこのモデルを踏まえ、放送は大成功をおさめた。この年のオリンピック放送は、イギリスのランナー、デレック・レドモンドが極度の疲労で倒れたときに、台本のないドラマとしてこのうえない瞬間を視聴者に提供した。ほかの選手たちがゴールしたずっとあとになって、レドモンドは必死にゴールに向った。突然、1人の男が彼を助けるためにスタンドから現れた。それはレドモンドの父親だった。その映像はゴールデンタイムに放送され、NBCの新しいアプローチを確かなものにした。

1992年バルセロナ五輪400m決勝。デレク・レドモンドは片脚で完走を目指した。

オリンピックのパズル

そしてリオの放送も、何年も前にスキアヴォーネがまとめたのと同じテンプレートに従っている。

「ストーリーテリングはいまだに、わたしたちが行うすべての中心にあるものです」と製作責任者のジム・ベルは言う。「番組はほとんどの視聴者が知らないアスリートたちを紹介し、視聴者たちはオリンピック以外では見たこともないスポーツを見ようとしているのですから」

結局のところストーリーテリングは、視聴者がその人物について知らなかったら機能しない。

1996年のアトランタ夏季オリンピックで、NBCは放送にスター選手たちの長いプロフィールを散りばめることで視聴者たちに選手を紹介した。しかし視聴者はそれがセンチメンタルすぎると感じ、NBCもそれが最も重要なナラティヴを妨げてしまっていることに気づいた。

4年後、NBCは選手のナラティヴとバックグラウンドの紹介をコメンテーターに任せ、競技を伝えることにフォーカスした。このように何年もの時間をかけて、NBCはナラティヴと競技内容の2つを組み合わせて伝える方法を見出すことに成功した。

これには入念な準備が必要だ。NBCはオリンピックの何年も前から、注目すべきアスリートと彼らの感動的な話を見つけるために世界中に調査員を派遣しなければいけないのだ、と『Olympic Media: Inside the Biggest Show on Television』の著者アンドリュー・ビリングスは言う。

徹底的な報道の裏側には、番組制作のペースとリズムがある。オリンピックはスポーツだが、放送はテレビで行われるものであり、制作はテレビのルールに従って行われる。ビリングスはオリンピック放送を巨大なパズルにたとえる。それぞれのピースが、最大限のエンゲージメントを確保するように慎重に配置されるパズルだ。

現地時間8月21日、約2週間にわたって行われたリオオリンピックが閉幕した。

NBCがこのパズルに取り組んでいることは、彼らがどのように視聴者たちにチャンネルを変えさせないようにしているかを見ると明らかだ。NBCは毎晩、ゆっくりと、休むことなくストーリーをつくり上げている。これもスキアヴォーネが始めたものだ。彼はそれを「つながり」と呼び、放送の最も重要な原則だと考えた。

それでも、これらのピースを並べるやり方は限られている。どの夏季オリンピック大会のテレビ放送も、水泳、飛び込み、体操競技、陸上、そしてビーチバレーを中心に展開する。この「体操と水泳」モデルは1970年代に始まったものだが、90年代に不変のものになったとビリングスは言う。

「NBCは96年のアトランタオリンピックまでに、どのフォーマットでどんなやり方をすればいいのかという答えを見つけたのだと思います」とビリングスは言う。「それ以来、彼らはその勝利の方程式を使ってきたのです」

デジタル時代のテレビの恩恵

だが、その方程式は、2012年のロンドンオリンピックで崩れたかのように思えた。ロンドン時間はアメリカよりも5時間以上早く、それは人々が、テレビをつけるよりもオンラインで結果やハイライトを探す機会を増やした。

NBCはこれまで以上にストリーミング放送を計画したが、それによってゴールデンタイムの視聴者が減ってしまう恐れがさらに増えた。また同局は開会式をテープディレイ(不適切な音声や映像を確認・削除してから、リアルタイムの数秒から数分遅れで放送すること)し、オンラインの大災害を経験した。

しかし2012年のオリンピックのテレビ放送は、史上最も視聴率の高いテレビイヴェントとなった。オリンピックが開催された17日の間、毎晩平均で3,100万人が視聴し、その合計は2億1,900万人になった。

ネタバレは視聴率を上げる

NBCは今年、ケーブルとデジタルプラットフォームで6,700時間以上のオリンピック放送を行う権利のために12億3,000万ドルを支払った。初めてすべての試合がライヴストリーミングになった──ベルの言葉を借りれば、「オリンピック競技のすべての枠組み」が完成したのだ。これはオリンピック観戦の新時代、包括的で、セルフキュレーションできる初のオリンピックを意味するのだろうか?

恐らくそうだろう。そしてこの問いこそが、いまやオンデマンドメディアがあるにもかかわらず、長い間オリンピックがテレビで見られてきた理由を説明するのに役立つのだろう。

日々のイヴェントをパッケージングすることで、NBCは「中抜き」からオリンピックを守ってきた。試合を、TwitterやFacebookで見るような「分散された動き」にしてしまうことから守ってきたのだ。

NBCの調査によれば、視聴者たちは、試合の結果を1日の早い時間に見たあとに、ゴールデンタイムでテレビ放送を見ることが多いという。つまり、ネタバレはテレビにとって有利な結果を生むのだ。この理由は、ビリングスが指摘するように、人々は「誰が勝つのか」を見るためにテレビをつけるとは限らないからだろう。人々は、アスリートたちが「どのように勝つのか」を見るためにテレビを見るのである。

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