日本のシンクロナイズドスイミング界は、デュエットの乾友紀子・三井梨紗子ペアの銅メダルに続き、8人で演技するチーム(乾、三井、吉田胡桃、中村麻衣、箱山愛香、中牧佳南、丸茂圭衣、小俣夏乃、林愛子)においても2004年のアテネ五輪以来、12年ぶりとなる銅メダルを手にした。水上の美を競う、かつて"お家芸"が復活を遂げた。

 日本は8月18日のテクニカル・ルーティンで3位につけた。翌19日のフリールーティンの演技直前、井村雅代ヘッドコーチは、8人を前にこう告げた。

「私はこれまでの9回のオリンピックに参加してきたけれども、最もハードな、中身の濃い練習をあなたたちに課してきた。よそのどの国よりも、単に時間が長いだけでなく過酷な練習をしてきた。終わったあとに、悔いが残るような演技だけはするな。これから始まるたった1回の演技にかけてこい。攻めろ!」

 本音しか口にしない井村のことである。最も過酷な練習を課したというのはブラフや誇張ではなく、また選手を鼓舞する目的でもなく、真実なのだろう。実際に、井村の就任後、15年3月には2人の選手が練習についていくことができず、代表を辞退している。4年前のロンドン五輪を経験している吉田が振り返る。

「『ハイポ(※)』と呼ばれる練習が本当にしんどかった。ひたすら泳いで、すぐに演技練習をやって、休憩して。だいたい1セット1時間半ぐらいかかるんですけど、それを1日に5セット。陸に上がって歩こうとしたらフラフラするし、頭がボーっとした。つらいことしかなかったし、楽しいことなんてほんとになかった。いま思い返すだけでも、吐き気をもよおすぐらい(笑)。ほんと、恐怖の練習でした」

※ハイポとはハイポキシック(呼吸制限による低酸素運動)の略

 アテネ五輪後、日本代表を指導する立場から離れていた井村は、08年北京五輪、12年ロンドン五輪は中国のヘッドコーチを務めた。ライバル国をシンクロ強国へと引き上げる一方、メダルがないことが当たり前となった日本を寂しい思いで眺めていた。

「2年半前に日本代表のヘッドコーチに復帰したときには、日本語が通じなかったんだから。私が怒っても、なぜ怒っているのかを選手たちが理解できなかった。日常生活からおかしい。アスリートとして練習態度もおかしい。練習への取り組みも、気持ちの持ち方もおかしい。私は、練習で全力を出して、自分の限界を上げていくのが練習だと思っていますが、あの子たちは試合用の自分と、練習用の自分を作っていた。それはアスリートじゃないと言ったけど、誰も分からなかった」

 特効薬はメダルしかないと考えた。世界選手権でメダルを手にすれば、アスリートとしての自覚が生まれるだろう、と。

「ようやく日本語が通じだしたのは、(デュエットとチームで銅メダルを獲得した)去年の世界選手権(ロシア・カザン)の3カ月ぐらい前じゃないですかね。彼女たちも私と一緒にやっていたら、メダルを獲れると思ったんでしょう。ただ、私からすればそれも違う。私にただついてくるだけじゃなく、彼女たち自身が変わる必要性を感じないといけないのに......そのあたりはまだまだです」

 いまスポーツの世界では、若いアスリートたちとの接し方に指導者たちは頭を悩ませている。昭和の時代のように、厳しく追い込めばすぐに競技から離れてしまう。「叱って鍛える」のではなく、選手の自主性を重んじ「褒めて伸ばす」が概ね主流になりつつある。井村の指導は、時代を逆行するようにも映る。そのことを井村にぶつけた。

「そういう指導者は無責任です。あの子たちは今回、メダルを獲れた。それで私の責任は果たせたと思います。それが私の責任の取り方です。むちゃくちゃ強引に指導しました。むちゃくちゃ強引に指導して、あの子たちには合わないかもしれないですけど、『ここまで練習しなければメダルには届かないんだ』ということを伝えて、強引にあの子たちを引っ張りました。それであの子たちはついてきた。まだまだ私との距離はあったけど、なんとかついてきた」

 井村は「強引」という言葉を何度も繰り返した。その中身とは何なのか。

「練習で本人たちが『しんどい』と言っても、『しんどいと決めるのは私や』と。私もプロ。あの子たちにどれだけ練習をやらせたら病気になるとか、倒れるとかは、わかりますから。そのギリギリの路線をやったというところですね」

 報道陣を前にした井村の独演会は続いた。現代のスポーツ界に敬遠されがちな井村の指導法に、賛否があるのは当然だろう。スポーツの現場におけるしごきは、選手だけでなくその家族や所属先や周辺の人々の反発を招きかねない。一歩間違えば、パワハラである。

 ただ、井村のきつい言葉の裏には愛情が満ちている。銅メダルが決まった直後、井村は選手にちゃんと「アメ」を与えた。「よかったね」とだけ、たったそれだけだったが、選手たちからすればすべてが報われる一言だろう。

「『あなたたち、(五輪の)メダリストになっちゃったね』と言いました(笑)。印象的だったのは、(デュエットでも銅メダルを獲得した)乾だけが、ものすごくほっとした顔をしていたことです。泳ぎ切った後、他の子はドキドキした顔をしていたのですが、乾だけは泳ぎ切って私のところに戻ってきて、顔を見るやものすごくほっとしていた。あらゆる面で責任を感じていたんだな、と。そういう意味で乾は本当の一流選手になったと思います」

 前述の吉田はいう。

「本当につらいことの方が多かったし、楽しいことなんてほとんどなかったけど、メダルという大きなものを手にすることによって、これまでいろんなことを犠牲にして、しんどい練習をしてきてよかった。(井村)先生についていってよかったなと本当に思います」

 井村の復帰によって、日本はお家芸復活の一歩を踏み出した。4年後の東京五輪では、さらに輝くメダルを期待してしまう。その意気込みを訊かれた吉田は、一瞬の間を置いて、こんな言葉を口にした。

「吐き気がします(笑)」

柳川悠二●文 text by Yanagawa Yuji