映画『ALWAYS 三丁目の夕日』に登場する少年のような、どこか懐かしいあどけなさが残る20歳7ヶ月の大学3年生――。日本レスリング史上6番目となる若さでオリンピック出場を果たしたフリースタイル57キロ級・樋口黎(ひぐち・れい)が見事、銀メダルを獲得した。

 レスリング男子の学生メダリストは、2008年北京五輪・銅メダリストの湯元健一(60キロ級)以来。学生の銀メダル獲得となると、1984年ロサンゼルス五輪の赤石光生(62キロ級)までさかのぼり、実に32年ぶりの快挙である。

 また、日本レスリングがもっとも得意としてきたフリースタイル最軽量級(ロンドン五輪までは55キロ級)では、アテネ五輪の田南部力(たなべ・ちから)、北京五輪の松永共広、ロンドン五輪の湯元進一に続き、4大会連続でのメダル獲得となった。

 昨年12月末に行なわれた天皇杯・全日本選手権で、10代で初優勝を飾った日本体育大の樋口は、オリンピック予選の出場権をゲットすると、今年3月のアジア予選も難なく制し、一発でオリンピック代表の座を掴んだ。そして、本番直前の6月には、ヨーロッパ遠征を敢行。国際大会2連覇を果たし、リオに乗り込んだ。

 オリンピックはもちろん、世界選手権への出場経験すらない。世界に手の内を知られていない"日本の秘密兵器"は、オリンピック前、強気の発言を繰り返した。

「初めて戦う相手には、強いんです」「プレッシャーがかかればかかるほど、力を発揮できるタイプです」「体操の内村航平選手も、たしか北京オリンピックが最初の国際大会でしたが、銀メダルを獲りましたよね。初めてだから、とかは関係ないと思います」

 恐れを知らぬルーキーは、自らの発言どおり、リオの大舞台でもその強さを遺憾なく発揮した。武器となったのは、どんな間合いでも、どんな体勢からでも相手の足に触り、確実に極(き)めていく片足タックルだ。

 初戦の相手は、2014年の世界選手権を制したヤン・ギョンイル(北朝鮮)。その実力者に樋口は臆(おく)することなく、いきなり片足タックルを炸裂させた。さらにローリングでポイントを重ね、4分14秒のテクニカルフォール勝ち。2回戦も勢いは止まらず、アサドラ・ラナチウ(ベラルーシ)を4分18秒で10−0とし、連続テクニカルフォール勝ちを収めた。

 これが、"若さ"というものだろうか。昨年暮れ、全日本チャンピオンになってから一直線の右肩上がりで伸びてきた樋口は、オリンピック本番でも一戦ごとに自信をつけ、成長していった。

 準々決勝、ますます調子が上がってきた樋口は、ヨウリス・ボネ・ロドリゲス(キューバ)にも片足タックルを軸に、ローリング、投げ技を極めて8−4で勝利。さらに準決勝では、2013年の世界選手権55キロ級チャンピオンで、昨年の世界選手権でも銀メダルを獲得したハッサン・ラヒミ(イラン)に対し、試合開始20秒で得意の片足タックルからバックに回って先制。その後もグラウンドでの攻防をことごとく制して10−5で撃破し、今大会、日本レスリング男子ふたり目のファイナリストとなった。

 決勝の相手は、昨年の世界選手権覇者で、現在世界ランキング1位のウラジーミル・キンチェガシビリ(ジョージア)。それでも樋口は、最強王者を相手に一歩も引かなかった。

 片足タックルを連発して攻め続けると、世界チャンピオンは防戦一方に。キンチェガシビリは消極性から30秒ルールを取られ、樋口が1点を奪取する。1−0で迎えた第2ピリオドに入っても、樋口は片足タックルから相手の身体を返して2点追加。王者相手に3−0とリードした。

 しかし終盤、キンチェガシビリが逆襲に転じる。がぶり返しで2点を奪い返すと、今度は樋口が30秒ルールを取られて1点を献上。最後の最後で3−3となる。イーブンとなった場合は、最後に得点したキンチェガシビリの勝利となる。樋口は残り時間、必死に最後の攻撃を試みた。

 樋口の攻撃を警戒するあまり、キンチェガシビリは終始相手の指を握って放さず、「技術回避」をしてくる。そして、試合はタイムアップ。日本サイドは審議のチャレンジを要求したが、ビデオ判定の結果、その主張は認められずにペナルティとして1点を取られ、3−4で惜敗した。

 金メダルには、あと一歩届かなかった。しかし、堂々の銀メダル。それでも、樋口は満足しなかった。表彰式でメダルをかけられると、一瞬、左手で両目を押さえたが、ニコリともせず、涙も見せず。淡々と表彰台を降り、次のように語った。

「指導してくれたコーチや先生方、応援してくれる方があってこその銀メダルには、素直に感謝していますが、やっぱり1番でなければ意味がない。そう思ってやってきたので、2番は悔しい。

 決勝も、内容的には五分五分で、勝てる試合でした。やっぱり1番になるためには、自分にはまだ足りないものがあるんじゃないかと見つめ直し、このオリンピックでの悔しさを糧(かて)にするとともに、ひとつのステップにしていきたいと思います」

 昨年9月に行なわれた、オリンピック第1次選考会を兼ねた世界選手権。女子は6階級中5階級で出場権を獲得したものの、男子はフリースタイル、グレコローマンスタイルあわせた12階級で、出場権を獲得できた数はゼロ......。「ドン底」と言われ、日本レスリング協会の福田富昭会長が頭を丸めて懺悔(ざんげ)するほどの低迷ぶりだった。

 だが、リオでその汚名は返上した。グレコローマンスタイルでは59キロ級の太田忍が銀メダル、66キロ級の井上智裕が5位入賞。フリースタイルでは57キロ級の樋口が同じく銀メダルを獲得し、74キロ級の高谷惣亮(たかたに・そうすけ)が7位入賞。1952年ヘルシンキ五輪から続くメダル獲得の伝統も守られた。

 しかも、太田は大学を卒業したばかりの22歳。樋口は現役大学生の20歳。それぞれのスタイルに4年後、2020年の東京五輪に向けてのリーダーが誕生したことは、伝統ある日本レスリング界にとって大収穫である。

宮崎俊哉●取材・文 text by Miyazaki Toshiya