8月17日、リオデジャネイロ五輪男子サッカー準決勝が行なわれ、ブラジルとドイツが決勝進出を決めた。

 ブラジルvsドイツと言えば、2年前のW杯準決勝で、地元ブラジルが1−7の屈辱的敗戦を喫したことは記憶に新しい。ブラジル国内では、今回の五輪代表への関心はそれほど高くなかったと聞くが、決勝という大一番での相手がドイツと決まり、にわかに注目が高まっている。

 今回のブラジル五輪代表の中で、最も注目されている選手は、言うまでなくFWネイマールである。名実ともにチームの中で突出した存在であるうえ、チームのキャプテンでもあるのだから当然だ。

 だが、そんなネイマールは24歳。五輪出場の年齢資格である23歳以下に該当する選手ではなく、オーバーエイジ枠での出場である。ブラジルはネイマールの他、GKウェヴェルトンとボランチのMFレナト・アウグストがオーバーエイジ枠で加わり、強固なセンターラインを形成している。オーバーエイジ枠の選手が中心的役割を果たしているという点では、対戦相手のドイツもまた同じである。

 世界的に見て、五輪代表は急造チームであるケースがほとんどだ。事実上、五輪本番のためだけにチームを編成するというのが実体であり、日本や韓国のように何年も前にチームを立ち上げて準備をし、本番に臨むような国はむしろ例外的だ。

 そうなると、23歳以下の選手だけでチームを構成するのは難しく、やはりオーバーエイジ枠をうまく活用することが、結果につなげるいい方法ということになるのかもしれない。

 日本の場合、五輪開催の2年ほど前にU−21代表が立ち上げられ、本番まで2年をかけてチームが固められていくせいか、五輪を前にするとたいてい「オーバーエイジを使うべきか否か」が議論の対象となる。

 五輪が「23歳以下+オーバーエイジ3人」の大会になって以来、日本はすでに6度も五輪に出場しているというのに、いまだに毎回のようにこのことが問題となるのである。

 概ね議論を集約すれば、オーバーエイジを使って最強チームを編成すべきとする「結果重視」と、オーバーエイジを使わず23歳以下だけで臨むべきとする「経験重視」ということになるだろう。

 だが、本来はどちらを重視するにせよ、オーバーエイジを使わないという選択は絶対にありえない。"結果的に"23歳以下の選手だけしか選ばれなかった、ということは起こりうるが、活用できるルールをはなから使わないという判断は、あまりにもナンセンスだ。

 経験の少ない若い選手を優先して国際舞台を踏ませるべきだという考えはありだとして、なぜその対象を23歳以下に限らなければならないのだろうか。

 例えば、24歳と23歳の選手では、わずか1歳の差でそんなにも将来性に違いがあるのだろうか。若い選手に経験を積ませるという理由はいかにもそれらしく聞こえるが、だからといって、オーバーエイジを使わない理由にはならない。

 例えば、24、25歳の選手で、現在Jリーグで活躍していながら、これまで年代別日本代表に選ばれたことがないような選手を加えることは、「経験重視」の策としては非常に有効なものであるはずだ。

 そうした考えに沿うならば、今回のオーバーエイジの選手選考も、それほどおかしなものではなかった。

 DF塩谷司、DF藤春廣輝、FW興梠慎三は、いずれもJリーグではキラリと光る活躍を見せているが、A代表定着には一歩及ばない立場の選手である。彼らがリオ五輪を経験することでA代表の主力になりうる可能性があると考えれば、「経験重視」の策として非常に面白い選手選考だった。

 結果的に彼らがミスを犯し、チームの足を引っ張る形になったこともあり、国際経験に乏しいチームに国際経験がないオーバーエイジを入れるのはどうか、という批判もあったが、別にオーバーエイジで加わる選手が必ずしも国際経験豊富である必要はない。要は考え方だ。

 結局のところ、それぞれがそれぞれに異なる前提で主張を繰り出すから議論がかみ合わない。4年に一度、毎回同じことの繰り返しだ。

 もちろん、最大限結果にこだわり、最強チームを編成するというならそれでもいい。韓国がA代表のエース(というより、世界的評価で言えば、間違いなくアジアナンバーワンの選手)であるFWソン・フンミンを招集したように、日本も本田圭佑であろうと、香川真司であろうと、それが最強チームを編成するうえで必要な人材なら、招集に向けて本気で交渉すればいいだけの話だ。

 毎回、"一応"最強チームを編成すると言っておきながら、それほどの本気度は感じられず、招集がうまくいかなければ経験重視をちらつかせる。そんなことの繰り返しだ。

 何を目的に、どんな選手をオーバーエイジ枠で加えるのか。それは、五輪代表監督の判断に任せるものではなく、まずは日本サッカー協会が方針を示したうえで、五輪代表監督と意見をすり合わせるべきものだ。

 五輪代表は結果を残すことももちろんだが、A代表にどれだけ人材を供給できるかも重要な役目である。当然、その判断を下すうえでは、A代表との連係も図られなければならない。

 にもかかわらず、「選手選考は監督の聖域」とし、オーバーエイジ枠も含めて監督の一存に任せてしまうのは責任逃れに近い。

 誰を選ぶか、より先に、本来考えるべきことがあるはずである。

浅田真樹●文 text by Asada Masaki