『万国菓子舗 お気に召すまま 薔薇のお酒と思い出の夏みかん』(げみ:イラスト/マイナビ出版)

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 「仕事」をテーマにした文学作品を集めた「お仕事小説コン」で、見事第1回グランプリを受賞した溝口智子氏。大好評を博した受賞作『万国菓子舗 お気に召すまま お菓子、なんでも承ります。』(げみ:イラスト/マイナビ出版)に続き、待望の受賞後第一作が刊行される。それが『万国菓子舗 お気に召すまま 薔薇のお酒と思い出の夏みかん』(げみ:イラスト/マイナビ出版)だ。

 受賞作は、読書メーターの読みたい本ランキングで日間・週間・月間第1位を獲得する大人気作品。今回の作品は、登場人物や舞台は踏襲しているけれど、ストーリーは独立しているので、どちらから読んでも楽しめるのが嬉しい。新年を祝うフランス菓子「ガレット・デ・ロワ」に始まり、2月のバレンタインチョコレート、3月の雛飾り「さげもん」にちなんだオリジナル菓子…と、和洋問わない12カ月にちなんだ古今東西の極上お菓子が、これでもかというほど登場する。第一作を読んでいる場合はもちろん、この作品だけ単独で読んでも、めくるめく“至福のお菓子ワールド”に、どっぷりはまってしまうこと請け合いだ。

 舞台は九州博多。ドイツ人の血を引くイケメンで、お菓子であればどんなものでも超一流の味に仕上げてしまう凄腕店主・荘介と、販売から経理まで何でもこなすが、なによりも荘介の菓子を味見することが生きがいというアルバイト店員・久美。そして荘介の幼馴染で、久美をからかうことと食べることが大好きなフリーライター班目…。個性豊かなキャラクターたちが交わす、漫才の掛け合いのようなテンポの良い会話は、ただ面白いだけではない。相手への思いやり、労りの気持ちがさりげなく感じられて、ほっこりと優しい気持ちになれる。気になる荘介と久美のなんともほほえましい関係も、今後の展開が気になるところだ。

 そしてなにより、物語のカギを握るお菓子たちの、魅力的なこと! 著者の巧みな描写力にほかならないのだけれど、歯ごたえや舌触りはもちろん、ふんわりと芳醇な香りまで漂ってくるようで、ついそそられてしまう。お菓子にまつわるうんちくが、さらに想像力を掻き立てて…。くっきりと鮮明にその姿は目の前に浮かぶのに、食べることも触れることもできず、まるでお預けを食らっているような、なんともじれったい気持ちになる。お腹が空いているときは、読後即ケーキ屋さんへ直行!となりそうだ。

 様々な悩みを胸に秘め、お菓子をオーダーする客と、優れた洞察力でその心中を読み解き、客が本当に望むものを最高に美味しい形で提供する店主。1話完結オムニバス形式のショートストーリーは、一つずつ違っていて味わい深い。この一見バラバラな物語たちを細い糸でつなぐように、あちこちで暗示的に語られるのが、いつもふざけてばかりいる班目の秘められた子供時代だ。ランダムにちりばめられたその断片が、季節外れの夏みかんを通して一つの物語へと縒り合され、そしてついに、そのすべてが明らかになったとき、彼の深い哀しみが心にしみて思わずほろり…。

 見たこともないお菓子に心をときめかせ、登場人物たちの絶妙な掛け合いにくすりと笑っているうちに、自分自身が癒されて、優しく穏やかな気持ちになっている。慌ただしい毎日でなんとなく心がささくれ立っているとき、ほっと一息入れたいときにピッタリの一冊だ。

文=yuyakana