甲子園の醍醐味、歴史に残る甲子園の逆転劇!!

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 8月14日、夏の甲子園第3試合・東邦対八戸学院光星戦は7回表を終え9対2と八戸学院光星がリード。だが東邦はその裏に2点、8回に1点を挙げて4点差に詰め寄る。

 そして9回裏に2死から次々と得点を重ね、一挙5点を奪い10対9と東邦がサヨナラ勝ち。その逆転劇に甲子園球場は大いに盛り上がった。

 「甲子園には魔物が住んでいる」という言葉があるが、その言葉を絵に描いたようなドラマが過去に甲子園では何度も起こっている。そんな神懸かった試合をいくつか紹介したい。

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■準決勝、決勝とサヨナラ勝ちし優勝した「逆転のPL」

 1978年夏、西田真次と木戸克彦のバッテリーを擁したPL学園は準決勝で中京と対戦。9回表まで0対4と劣勢に立たされていた。

 しかし、9回裏に西田の三塁打を皮切りに得点を重ね、4対4の同点に追いつき延長戦に突入する。すると延長12回裏、1死満塁から押し出し四球でサヨナラ勝ち。決勝にコマを進めた。

 決勝戦でPL学園が対戦したのは高知商。PL学園は3回に2点を失うと、その後は高知商の左腕・森浩二の前に得点を奪えず、そのまま終盤に突入していく。

 2点を追う9回裏、1死二、三塁とチャンスを作り3番・木戸の犠飛で1点を返す。さらに続く4番・西田の二塁打で2対2の同点に。最後は5番・柳川明弘がサヨナラ打を放ち、PL学園は初の全国制覇を成し遂げた。

 この準決勝、決勝の劇的な勝利で「逆転のPL」というフレーズが生まれ、1980年代に高校野球界で一時代を築くことになる。

■徳島商、7点差からの大逆転

 1993年夏の2回戦、後に中日で活躍する川上憲伸がエースの徳島商は、甲子園初出場の久慈商と対戦する。久慈商は初回の3点を皮切りに着々と追加点を奪取。投げては左腕・宇部秀人が徳島商打線を抑え込み、8回表を終えて7対0と大量リードで試合を進める。

 ところが8回裏、風向きが一変する。徳島商は1死から8本の長短打を集めて猛反撃。7対7と試合を振り出しに戻す。そして9回裏、1死一、二塁から6番・平山貴郎が左中間へサヨナラ打を放ち8対7で徳島商が逆転勝利を収めた。一方、久慈商は甲子園初白星をあと少しのところで逃してしまった。

■横浜、延長17回の激闘の翌日に劇的なサヨナラ勝ち

 1998年夏の準決勝、「平成の怪物」こと松坂大輔(ソフトバンク)を擁する横浜は明徳義塾と対戦。前日、PL学園との延長17回の熱戦を完投した松坂はレフトでの出場となる。

 松坂に代わって先発した2年生左腕・袴塚健次は3回まで無失点に抑えるも、4回、5回と失点し降板。続く2番手の2年生・斉藤弘樹も追加点を奪われてしまう。

 横浜打線は明徳義塾の先発・寺本四郎(元ロッテ)の前に沈黙。しかし、明徳義塾が6対0のリードで迎えた8回裏、横浜は寺本を攻略し4点を挙げて2点差まで詰め寄る。

 そして9回表、3番手として松坂が登板。前日の疲れを感じさせない投球で3者凡退に打ち取る。松坂の登板によって、甲子園全体は一気に横浜へと流れが傾いていく。

 9回裏、横浜は無死満塁から後藤武敏(DeNA)が2点タイムリー。ついに同点に追いつく。ここで明徳義塾は途中からファーストに回っていた寺本が再びマウンドへ。2死までこぎつけるが、途中出場の7番・柴武志がセカンドの頭上をフラフラと越える一打を放ち、7対6で横浜が劇的なサヨナラ勝ちを収めた。

 勝った横浜は京都成章と対戦した決勝で、松坂がノーヒットノーランを達成。甲子園春夏連覇を最高の形で締めくくった。

文=武山智史(たけやま・さとし)

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