「大逆転!」「大逆転!」「大逆転!」の3連続金メダル!

 日本レスリング女子は、まさに"神って"いた。48キロ級・登坂絵莉(とうさか・えり)、58キロ級・伊調馨(いちょう・かおり)、そして69キロ級・土性沙羅(どしょう・さら)がそろってオリンピック制覇。伊調は「日本史上初」「レスリング史上初」「女子史上初」となるオリンピック4連覇の偉業を成し遂げ、登坂と土性はオリンピック初出場・初優勝を飾った。

 リオに向けて成田空港を出発する前、伊調は「平常心で臨みたい」と語っていた。レスリングでは試合中、シングレット(レスリングのユニフォーム)のなかに白いハンカチを入れておかなければならないが、3歳から中学卒業までレスリングの基礎を叩き込まれ、今も父のように慕って尊敬する恩師・澤内和興(かずおき)氏から試合前に贈られた白いハンカチにも、「平常心」と書かれていた。

 今回のリオ五輪へ向けて伊調は、当時20歳でイケイケだったアテネ五輪、「姉妹・同時金メダル」を目指した北京五輪、そしてレスリングの真髄を極める決意で挑んだロンドン五輪とは、まったく違った道のりを歩んできた。本人いわく、「積み重ねた重み」も違っていた。だからこそ、自らに言い聞かせたのは、「平常心」だった。

 厳しい戦いになる――。アテネ、北京でともに戦い、2大会連続・銀メダルを獲得した姉・千春はそう案じ、大会前に3つのキーワードを挙げた。

「4連覇」
「年齢」
「母」

 4連覇のプレシャーは、どれほどのものなのか。「あのカオリン(馨)でも、3連覇のときとは比べものにならないプレシャーに襲われるのではないか......」。姉はそう心配した。

 今年で32歳。最近はケガが多くなり、治りも遅く、疲れも溜まりやすくなってきた。オリンピックの舞台で決勝まで進めば、1日で4試合を戦うことになるが、「ロンドンまでのように、パワフルに戦い抜けるか......」。試合前に伊調から、「ロンドンのときは直前に足首のじん帯を損傷したけど、今回はケガなし。痛めているところもなく、ここ数年なかったコンディションのよさ」と聞き、胸をなでおろした。

 2014年11月、ずっと応援してくれていた母が突然、亡くなった。伊調は、「母の遺言でもある『死んでも勝つ』ということと、プラス自分のレスリングを追求していきます」と誓ったが、「それが今までにない気負いにならないか......」と考えたという。ただ、「母はこの会場のどこかにいて、カオリンを見守っていてくれている」と、姉は感じた。

 第1試合、アフリカ選手権を8度制覇したマルワ・アマリ(チュニジア)には格の違いを見せつけるように、11−0のテクニカルフォール勝ち。続く第2試合は、間合いを詰めて組むことに徹してきたエリフ・ジャレ・エシリルマク(トルコ)に攻めあぐねながらも、3−1の判定勝ちで危なげなし。そして準決勝でも、ロンドン五輪55キロ級・銅メダリストのユリア・ラトケビッチ(アゼルバイジャン)に10−0のテクニカルフォール勝ちを収めた伊調は、ほぼ金メダルを手にしたかと思われた。

 ところが決勝戦は、予想外の大苦戦となった。相手は、北京五輪前に吉田沙保里の連勝記録をストップさせ、その名を世界に轟(とどろ)かせたワレリア・ジョロボワ(ロシア)。2014年の世界選手権・決勝で伊調がテクニカルフォール勝ちしている相手とはいえ、第1ピリオドはプレッシャーからか身体が動かずに1−2とリードを奪われると、第2ピリオドも攻め込めぬまま、時間だけが過ぎていった。

「第2ピリオド後半、カオリンの試合で初めて、『もしかして、負けるのかも......』と、最悪の事態が頭をよぎりました」

 姉の千春は、そう思ったという。

 だが、"絶対女王"は最後に力を振り絞った。試合終了間際、タックルに入ってきた相手を「最後のチャンス」と思って攻め、バックを取って2点を奪取。見事、3−2で劇的な逆転勝利を遂げた。

 所属するALSOKの大橋正教監督は、「伊調馨のレスリング人生で、一番ヘタクソな試合。人間、プレッシャーであそこまで動けなくなるものか。それでも最後まであきらめず、勝って4連覇を決めるところはさすが。100年にひとりの選手です」と大絶賛。千春は、「最後、きっちり取るのがカオリンらしさ。相手を押さえてバックに回れたのは、ここまで支えてくれたみなさんのお力です」と感謝を述べた。

 試合後、これまで涙とは無縁だった伊調は目を真っ赤にして、家族と、そしてお世話になった人々と抱き合った。「最後はお母さんが助けてくれました。マットに感謝です」と語り、表彰台ではとびっきりの"カオリン・スマイル"を披露。かつてない最高の笑顔で、4連覇を達成したリオ五輪を締めくくった。

 一方、初出場組の登坂と土性も、最後まであきらめずに攻め抜いて、金メダルをもぎ取った。

 軽量級の登坂だけでなく、重量級の土性も、最大の武器はタックル。この日もふたりは、得意のタックルを炸裂させた。また、タックルを警戒する相手にはそれを見せ球にしてグラウンド技を仕掛け、投げ技で退けていった。

 その武器を授けたのは、「タックルを制する者が世界を制する」を信条とする吉田栄勝(えいかつ)氏。吉田沙保里の父である。

 道場に来る子どもたちに来る日も来る日もタックルを練習させた栄勝氏は、同時に「攻め続ける」ことも教え込んだ。登坂も、土性も、「吉田先生には、勝っても攻めなければ怒られた。逆に、負けても最後まで攻め続ければ褒められた」と言う。

 負けていても臆(おく)することなく、自分がやってきたことを信じて、攻め続ける。最後の1秒まで、絶対にあきらめずに......。その根性がもたらしたのが、奇跡の逆転劇での金メダル獲得だった。

「最後まであきらめずに攻め続ける勇気」は、レスリング女子2日目の8月18日に登場する53キロ級・吉田沙保里はもちろんのこと、63キロ級・川井梨紗子、75キロ級・渡利璃穏(わたり・りお)にも引き継がれたことだろう。日本レスリング女子の目標は金メダル6個、全階級メダル獲得である。

宮崎俊哉●取材・文 text by Miyazaki Toshiya