日本からの訪朝者が普通の北朝鮮の市民と会話を交わす機会は少ない。その数少ない機会が、北京と平壌を結ぶ高麗航空の機内である。写真は透かしがない2008年製造の2000ウォン札。筆者撮影。

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日本からの訪朝者が現地で会う北朝鮮、朝鮮民主主義人民共和国の人々は、入国から帰国までつきっきりの案内員も、ホテルや売店で働く接待員も、見学先で説明する担当者も外国人慣れした人たちがほとんどである。

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いわゆる普通の北朝鮮の市民と会話を交わす機会は少ない。その数少ない機会が、北京と平壌を結ぶ高麗航空の機内である。

平壌から北京に向かう帰りの機内。横の席の50代の朝鮮人の男性が入国カード記入に四苦八苦していた。ついに国籍欄にCOREC(正しくはKOREA)と書き始めたので「貸してください」と手伝った。

「日本人なのか?朝鮮語上手いな」という男性。「日本人ですよ」と旅券を見せると興味津々。彼は工場の技術者で北京に出張で行くという。彼以外の同行者は20人ほど。全員が男性だった。

男性も周りの仲間たちも私に関心を示した。「日本のお金を見せて欲しい」と頼まれたので紙幣を渡した。「千円札は野口英世。医学博士。五千円札は樋口一葉。作家。一万円札は福沢諭吉。哲学者」と説明すると「ほぅ」と唸る。若い男性が「日本の先生、これはなんです」と透かしを指さす。「偽造されないためのものです」。技術者らしく細かい技術が気になる様子だ。

初めの男性が私の顔を見て言った。「先生が初めて会った日本人なのだが…。日本人は太っている印象があるのだが、余りに先生は痩せすぎじゃないか。ちゃんと食事していますか」。うんうん、と周りの仲間たちも心配そうに頷いた。私の体格は167センチ45キロ。北朝鮮の人に食事の心配をされる日が来るとは。

この顛末を帰国後に、60歳代の在日朝鮮人の方にお話しした。彼は笑いながらこんな話をしてくれた。80年代、彼と何名かの在日朝鮮人が訪朝した際のこと。ひとり恰幅がいい男性がいて、彼が歩いていると石が飛んできたという。振り返ると子どもが数名「この地主め!」と叫び、さらに石を投げようとしていた。

日本統治下、朝鮮人の小作人をこき使っていた日本人の地主。肥え太りふんぞりがえっていたその姿。恰幅がいい彼は地主である日本人に間違えられ、ひどい目にあったというわけだ。日本人=恰幅がいいというイメージは今も根強いようだ。

「今は健康志向から、特に最近の日本の若い男性は痩身の人が多いのだ」。彼らにそう熱弁をふるおうとした刹那、飛行機は北京空港に着陸してしまった。

■筆者プロフィール:北岡裕
76年生まれ。東京在住。過去5回の訪朝経験を持つ。主な著作に「新聞・テレビが伝えなかった北朝鮮」。コラムを多数執筆しており、朝鮮総連の機関紙「朝鮮新報」では異例の日本人の連載で話題を呼ぶ。講演や大学での特別講師、トークライブの経験も。