オリンピックでほとんどの選手がインタビューに英語で答えているのを見て、劣等感や焦りを感じた人もいるのではないでしょうか?しかし、ニューヨーク在住の医学博士・しんコロさんは自身のメルマガ『しんコロメールマガジン「しゃべるねこを飼う男」』で、「英語は自分の世界を広げたり判断材料を増やすためのツール」で、むしろ正しい発音で話すことよりも「読解力」と「リスニング力」を磨いた方が役に立つと語っています。これで今日から英語も怖くない!?

皆の知らない英語の真実

先週も皆さんオリンピック中継を沢山見たことと思います。そんな中で色々な国の選手のインタビュー等があったかと思います。そんなインタビューを見ていると、ほとんどの選手が英語で答えているのに気づいた方も多いのではないかと思います。ヨーロッパの選手は流暢に英語を喋るし、日本以外のアジアの選手も上手に喋ります。一体、世界中でどれだけの人が英語を喋る(もしくは使う)ことができるのだろう?と思ったことはありませんか?

そんなことで、今日は英語の話題から始まって、ちょっと面白い人間の脳や心理の働きについてつながる話題を書いてみたいと思います。

世界人口は70億人ですが、その25%の18億人弱が英語人口だそうです。

つまり、世界の4人に1人という割合です。日本の人口が1.3億人弱ですから、その13倍以上の人たちが英語を日常的に使っているわけですね。そして驚くのは、その18億人弱のうち、78%が非ネイティブ・スピーカーだそうです。世界的にみたら、非ネイティブ・スピーカーの人の方が圧倒的に多いわけです。つまり世界中の英語をしゃべる人のほとんどが、訛っていてネイティブとは違う発音でしゃべっているわけです。例えばインド人は流暢に英語を話しますが、そのクセのある訛りが時々ジョークにされることがあります。しかし彼らはそんなこと気にもせずベラベラしゃべるわけです。シアトルにはアマゾンの本社がありますが、インド人エンジニアだらけです。英語が上手だしハングリー精神のある彼らは(賃金が安いという理由もあるでしょうが)アメリカ企業からしても有用な労働力なのでしょう。

世界中の人たちが英語を上手に使っているのに、それに引き換え日本人は…という話題が時々出ると思います。僕は、日本人が英語を学ぶのは、多くの他の国の人が学ぶよりも不利な面が多いと実感しています。言い訳ではなくて、言語の形態が英語とあまりにも違うことからしても明らかです。中国語にしたって文法が英語にかなり似ています。ヨーロッパの国々の言語が英語に似ているというのは言わずもがなです。

でも、第2外国語の話題になると、ヨーロッパ人に「英語は私の第二言語だけど得意」とドヤ顔されたことが何度かありますが、それは僕が「僕は関東の生まれだけど、津軽弁が得意だぜ」と言ってドヤ顔をするのとあまり変わりありません。ドイツ語もイタリア語もスペイン語も、英語に似たアルファベットを使っている時点で日本語よりもずっと英語に近いのですから。そういう意味で僕達はハンディーキャップを負っているのも事実です。

事実を知れば安心できる

その一方で、世界の英語人口の大多数が非ネイティブ・スピーカーだということを知ると、少々発音にクセがあっても全然いいんだ!と安心しませんか?世界で英語を喋っている大多数が訛ってクセがあって、ネイティブな発音で喋っ

ている方がむしろ珍しいのですから。日本人が英語学習でハンデを負っている側面がある一方で、多くの英語学習者が発音を心配し過ぎている気もします。それによって積極的に喋れなくなってしまう方が英語の練習をする機会損失になってしまうと思うのです。LとRの発音を間違えて笑われても良いのです。

むしろ笑われた方が次に間違いをしにくくなって良いくらいです。世界の英語人口の非ネイティブの割合を知ると、そんな気持ちなりませんか。

もちろん、外国語を学ぶにあたっては本来の発音を尊重すべきですし、発音なんてどうでも良いと言っているつもりはありません。学習をする時はなるべく正しい発音を目指して練習すべきです。けれども、実際に英語を使うような場面に出たら、一旦発音のことは忘れて良いと思います。世界中のほとんどの人が訛った自己流の英語をしゃべっているのですから。

英語が生きる本当の場面

「英語を流暢に話せたらイイと思うけど、日本にいるとそもそも話す機会がない」と思っている方もいると思います。確かに、英語を話すことができて色々な国の人と交流ができたら楽しいだろうという気持ちも良くわかります。しか

しその一方で、「読めるし聞き取れたとしても、話す機会がない」ことが残念かというと、全くそんなことはないと声を大にして言いたいです。むしろ話せることよりも、読めて聞き取れることの方が重要な場面が多いとさえ思うのです。このことに関しては、きっと多くの人が想像している以上に大切なことなので、それを説明したいと思います。

「英語を聞き取れたら映画を字幕無しで見ることができて楽しいかもね」とか思うかもしれません。そりゃそうかもしれません。でも、映画なんてそもそも字幕をつけてくれるプロがいるのだから、字幕付きで見て「内容を理解する」という目的を達成することができます。でも世界には、字幕がついていない情報の方がむしろ多く、そんな情報が英語だけでも日本人口の13倍以上の人たちによってやりとりされているという事実が大切だと思うのです。かなり乱暴な言い方にはなりますが、英語が理解できるようになることで、今よりも13倍もの多くの人たちの意見や考えを知る可能性が得られるようになるのです。

それって、英語がちょっと喋れてネイティブの友達とかっこ良く会話ができちゃうことよりも、ずっと大きな価値があることだと僕は思うのです。

ここまで書いてみて、なんだか講義や説教のように聞こえてしまうかもしれませんが、そういう「上から目線」のつもりで僕はこの文章を書いているわけではありません。思いの丈をこうして綴って、みなさんと考えを共有したいという気持ちで書いています。また、「英語なんて興味無い」っていう方も、英語ができる必要がないことも後々書いているので、もう少しおつきあいください。

情報が世界と個人を変える

さて、オリンピックのオープニングを見ていたら、北朝鮮の選手が入場してきました。彼らは、一体どれくらい世界のことを知っているのだろうと僕は素朴に疑問に思いました。世界中から人が集まっている会場で、彼らはどのような思いでいるのだろうかと思いました。もし北朝鮮に何の制限もなく自由にインターネットを通じて国民が情報にアクセスすることができたら、皆自分たちがいかに事実を知らされていなかったか、どれくらい驚くだろうかとも想像しました。ちなみに、今回のオリンピックではサムスンがスポンサーを務め、出場する11,100人もの世界中から来たアスリートにオリンピック仕様のGalaxy S7 Edgeというスマホをプレゼントしました。オリンピックの思い出になるギフトですよね。でも、サムスン側は配布をしたのにも関わらず、北朝鮮の31人の選手の手には届かなかったそうです。なぜなら北朝鮮代表団関係者が没収して選手には渡さなかったそうなのです。もし選手にサムスンのスマホが渡っていたら、選手が世界で起きていることを知ってしまうから、北朝鮮代表団としては都合が悪かったのかもしれません。ちなみに、北朝鮮で出回っているスマホは、北朝鮮が独自に開発したアプリしかインストールできない仕様なので、当然アクセスできる情報にも制限があります。もし、北朝鮮の国民がスマホで自由に世界の情報にアクセスできて真実を知ったら、革命が起こらないと誰が断言できましょうか。

他の例では、最近フェイスブックが数ヶ月の連続飛行ができる無人機の飛行テストを行いました。言ってみたら巨大なドローンです。この飛行機は金持ちの趣味のラジコン遊びではなくて、インターネットが接続していない地域に空から接続環境を提供するというのが目的です。世界ではまだ40億人もの人たちがインターネットに接続できていません。もしそれらの人たちの住むエリアにインターネットが届いて情報を届けることができたら、どれだけの人助けになるか想像に難くないと思います。インターネットはメールやラインやブログを見ることだけが用途ではありません。科学や教育や金融の様々なデータを瞬時に送ることができます。例えば、アフリカの僻地にこれまでの現地のシステムだけでは治療が難しい患者集団がいたとします。現地の医療チームがこれまでに知る由もなかった治療法にネットを通じてアクセスでき、助けを求めることができるかもしれません。一方で先進国の医療チームがネットを通じて遠隔で現地スタッフを指導できるかもしれません。長期的には情報のインフラができることで現地の教育レベルや経済の底上げも起きることが想像できます。そんな難しい話ではなくても、例えば現地で派手な装飾を頭につけたシャーマンみたいなおばあちゃんが「これは悪霊のしわざである!生け贄にすべし!」と言ったことで命を落としていた人たちが、先進国からみたら「ちょっ!それこの薬でサクっと治るから!」ということでさえあるかもしれないのです。

ということで、何が言いたいかというと「情報は革命を起こす」ということなのです。日本は先進国で情報化された社会ですが、それでもまだまだ英語を使えるようになるだけで更に広がる情報世界があります。たとえば日本語で「火の起こし方」とググると110万件のヒットがあります。英語で「How tomake fire」とググると6億6千300万件のヒットがあります。もちろん火の起こし方などバーベキューをやったことのないアヌパムくらいしか検索しないかもしれませんが、このような単純な「〜の仕方」という検索だけでも、英語が使えた方が情報の量が遥かに多くなります。「火の起こし方を6億通りも知る必要がないやろ!」とつっこみたくなるかもしれませんし、確かにそれはごもっともですが(笑)、もし超レアな「〜の仕方」だったら日本語だったらヒットが0になるかもしれません。

そんなこんなで、僕達の身近にあふれている英語ですが、喋らなくてもいかに上手く使うかで様々な情報にアクセスでき、多様な物の考え方の引き出しが増えるのです。そしてそれは時には自分にとって革命的なことになり得ると思うのです。そんな魔法みたいなツールが、身の回りにあるのに気づかないのは、特にこれからの未来が待っている若い人たちにとってはもったいないことかもしれませんよね。

英語できなくても大丈夫

「でも、英語勉強なんてしんどいし、いまさら」と思う方もいらっしゃることでしょう。僕は、英語は勉強した方が良いとは思うけれども、しなければならないとは思っていません。僕が言いたいことの核心は、「自分が知れる情報が増えることで、何かを判断しなければならない時に、その判断材料が増えてより注意深くなれる」ということです。「世間知らず」や「お人好し」が詐欺の被害にあうのも、判断する情報が少ないことから起きてしまう端的な例だと思います。僕も昔ウブだった学生時代、金融詐欺にあって一生懸命貯めた200万円をごっそり騙し取られた痛い経験があります。

話がそれましたが、では英語を勉強するというしんどいことをしなければ判断が上手にできないのかといえば、もちろんそんなことはめっそうもありません。

日本には英語など知らずに様々な功績をあげた偉人たちも沢山いるでしょう。そしてそんな偉人レベルのたいそうな話でなく、僕達の身近なレベルでも、英語ができなくても適切な判断をすることは当然可能です。

ただ、その時に一つコツというかスキルがあると全く違うと思うのです。それは、「ちょっとまてよ」と自分を省みて、一歩引いて物事を考え直す能力です。ありきたりに聞こえるかもしれませんが、実はこれとても難しいことで、その例は次回のメルマガで実験を織り込みながらします。とりあえず、一つの例として対人関係で考えてみます。「信頼できない人かと思ったけど、実は良い人だった」といった結果的には良い経験や、「あの人は良い人だと思っていたけ

ど、実は酷い人だった」といった人間不信になるような経験をされた方も少なくないと思います。いずれのケースにしても、相手を理解できなかった(もしくは勝手な理解をしていた)と思うことでしょう。しかしこの時、「相手を良く理解していなかった」という認識ですが、これは実はまさしく「自分の考え方を良く理解していなかった」ということでもあると思うのです。なぜなら、ほとんどの人が「知らずにしてしまう間違い」というものがあるからなのです。

ということで長くなりましたが、次回はその「知らずにしてしまう間違い」を心理学の実験を例にとって話してみたいと思います。みなさんも、落とし穴にハマってしまうかどうか、次号で試してみて下さい。自分たちがしてしまっている落とし穴に気づくことで、オープンマインドになって、物事や対人関係を多面的に見ることができるようになればと思います。そして僕自身に対しても、そのように心がけなければと思っています。

 image by: Shutterstock

 

『しんコロメールマガジン「しゃべるねこを飼う男」』

著者:しんコロ

ねこブロガー/ダンスインストラクター/起業家/医学博士。免疫学の博士号(Ph.D.)をワシントン大学にて取得。言葉をしゃべる超有名ねこ「しおちゃん」の飼い主の『しんコロメールマガジン「しゃべるねこを飼う男」』ではブログには書かないしおちゃんのエピソードやペットの健康を守るための最新情報を配信。

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出典元:まぐまぐニュース!