東京・高田馬場で父から継いだ飲食店「餃子荘ムロ」を60年以上営みながら、夜はDJSUMIROCKという名前でDJ活動も行っている、81歳の岩室純子(いわむろ・すみこ)さん。70代後半でDJのスクールに通い始め、今ではさまざまな音楽イベントでプレイするそのアクティブさは、数多くのテレビでも取り上げられている。岩室さんはどんな人生を歩んできたのか?

最初は父からやらせてもらえなかった、飲食店

――岩室さんは戦前のお生まれですが、戦争のことは覚えていらっしゃいますか?

岩室純子さん(以下、岩室):とてもハッキリ覚えています。東京大空襲の時は、中野の方に住んでいて、火の手がこちらにどんどん迫ってくるなか、寝たきりだった曾祖母を大八車に括りつけて家族みんなで逃げました。当時私はすでに9歳だったので、家族のためにいろいろ働きました。

――餃子荘ムロは、お父様が開業されたと聞きしました。

岩室:父は新しいことをしたがる人でした。もともとはジャズミュージシャンで、戦争中はジャズが禁止されていたものの、過労になるほど軍の慰問として演奏したりして働き詰めでした。戦後は、芸能事務所を営み、進駐軍を相手に仕事をしていました。そんな父が、私が19歳くらいの時にムロを始めたんです。1954年のことです。

――それですぐにお店を手伝うことに?

岩室:いいえ、そうすんなりとは(笑)。父は「女の子は勤めはせず、結婚して家庭に収まるべき」という考えだったんです。でも、私はイヤで。結婚なんかしたくないと考えていたタイプでした。もともと、枠に収まるのがなんとなくイヤな性格なんです。

それで当時は、夜に少しムロの手伝いをしながらも色々なことを経験しました。外国の会社で秘書になりたいと夢みていたので英語の学校にも通いましたし、海外に行く足がかりになればと知り合いのフィリピンの女の子が辞めるタイミングで、代わりに入社する形で会社勤めをしたこともありました。やがて興味はデザインに移り、デザインの専門学校にも通いました。ところが結局、デザイン関係で勤め人をやるより、父のお店で働いた方が稼げるなと感じて、24歳の頃からムロに専念するようになりました。そうこうしているうちに、60年が経ってしまった感じです(笑)。

フランスの男の子に誘われてDJを始めた

――いろいろとやってみて、最終的にムロに専念することになったと。DJを始めたきっかけは?

岩室:うちでバイトをしていて、フランスに留学していた台湾の女の子から、「今度フランスの友達が日本に遊びに行くから、泊まらせてほしい」と相談されたんです。アドリアンという男の子だったんですが、結局、私の家に半年くらい下宿することに。その間、10年位前になりますが、アドリアンの発案でお店を貸切にして音楽イベントを開いたんです。どんどん規模が大きくなって、そのうち別の場所を借りるようになったのですが、ある時、アドリアンから「純子、DJやってみたら?」と勧められて。それが3、4年前のことです。

最初は、先輩DJに教えてもらいながら猿回しの猿状態でプレイをしていました。そのうち、やるならちゃんとやりたいと、週に一度のペースでDJの学校に通うように。本来1年で卒業するところを、2年ほど自主留年して、約3年かけて卒業しましたね(笑)。

昔のことをくどくど考えず、新しいことにチャレンジする楽しさ

――DJを始められて、テレビを中心にたくさんの取材を受けられるようになったと思いますが、反響についてはどう感じていますか?

岩室:DJを始めた頃は、よもやこんなに取り上げられるとは思っていませんでした。取材を受けることはしょっちゅうですが、結構大変。お店に立って調理をするだけでも大変なんですから。今年の初めにもコマーシャルを2本ほど撮影したんですが、まる1日がかりでヘトヘトに疲れました。ただ私にとってDJはあくまで副業。62年間頑張っているムロの方が本業ですから、私がDJとしてテレビなんかに出てることでお店の宣伝になり、「ああ、あのムロだ」とお客さんが来てくださることがやっぱり嬉しいんです。

――何よりもお店を大事にしてきたということですね。ここまで長年続けられた秘訣は?

岩室:お客さんが召し上がって喜んでくださる反応がすぐにわかる。これが私にとって一番のやりがいであり、エネルギー源です。結果がすぐ出ますから。それは、お客さんの前でプレイをするDJにも共通している喜びです。

取材の時によく「どうしてこんなに元気なんですか?」と聞かれますが、それは働かなければいけないからなんですよ(笑)。お店は繁盛してもそんなには儲かりませんから、毎日元気に働き続けるしかない。とにかく今、こうして働ける身体があるのはすごく恵まれていると思います。働ける身体と場所があるって、すごく幸せだな、って。働きたいのに働けない人、働く喜びを知らない人はもったいないなと思います。

――それにしても62年って、すごい……。

岩室:ゆっくり楽しみながらやってきたから、62年も続けられたんだと思いますよ。あとは昔のことをあんまりくどくど考えない。「昔がよかった」じゃなくて、「新しいことは面白い」と考える。このお店のまわりだって、昔と比べたらずいぶん風景が変わりました。でも、それを「悲しい」とか「寂しい」とか感じない。そういう感覚もよかったのかも。DJも、新しいことにチャレンジしていることで充実した日々が過ごせるから、すごく楽しいんです。

若い人たちは良くも悪くも上の世代から学べる

――最後に、今の20代、30代の女性にアドバイスはありますか?

岩室:そんなにないですね。今の若い人は皆さんすごくいろいろ考えていて、捨てたもんじゃないと思います。それよりも、政治でも会社でも人の上に立つ人たちが心配です。お偉い立場の上の世代の人達のせいで、若い人が損してるな、と感じます。ただ、若い人は、良くも悪くもその上の世代を見たり彼らと話したりすれば、考えること、得るものが必ずあると思います。反面教師でも「あれはどうなのかな」「あの人がやっていることは良いことなのか」と考えることで自分の学びに繋がるはず。考えることはタダですから(笑)。

まあ、それでも今はいい世の中だと思いますよ。靴下一つとっても、安くていいものが簡単に手に入る。知らないことはすぐに調べられる。戦前から生きてきた私からすると、物質的に豊かになったというのはすごく大きいですね。

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■取材協力
International DJ&Production School 

(石狩ジュンコ)