画像はイメージです(Exile on Ontario Stさん撮影、Flickrより)

夏真っ盛りである。連日猛暑が伝えられ、地域によっては「35度超え」なんて日も珍しくない。

そんな中でしばしば聞かれるのは、「最近、日本は暑くなった」「昔はこんなに暑くなかった」という話だ。体感としては、確かに年々暑くなっているような気もする。

実際のところ、どうなのだろうか。これは、「昔」を知る人に聞くのが一番だろう。83歳のぶらいおんさんに尋ねてみた。

データの上では大して変わっていないようですが

もう、夏ですよ。だから蒸し暑い日が続きますよね。熱中症で倒れる人達の数がニュースで再三報じられています。

「昔からこんなに暑かった?」
「さあ、どうだろう?昔はそんなに暑くなかったかなァ。でも、やっぱり暑かったような気もするし...。」

そうなんです。結局、余りはっきりしないんです。気象庁から1950年以降の夏の気温データをとってみても、大して変わってないようですよ。

でも、敢えて言えば、私(ぶらいおん)は昔より暑くなっている、と感じています。

科学的事実として確認が取れないのなら、感覚的に判断し、結論するより仕方ないわけですものね。

「体感温度」というのは、お聞きになったことありますよね。実際、同一気温でも、「人間の温度感覚は気温に左右されるだけではなく、湿度・風速・放射量の値や変化の速度や心理的な状態の影響を受ける。」そうですよ。「なかでも湿度による影響は大きい」とのことです。その結果、或る人が受ける感覚としての温度は変わるわけですね。

結局、「暑いか、寒いか」というのは、飽くまでも人間の感覚ですから、必ずしも実際の物理的温度と正比例して人が感ずるとは限りません。微妙に異なる場合があっても別に不思議ではありません。
人間の場合は、心理的影響も大きく影響する筈です。

その他に、こんな要因もあります。たとえば、「暑さ、寒さ」を感じる程度や能力は若者と高齢者では微妙に異なることがあります。それには、加齢による生理的感度の低下もあるでしょうし、"ぶらいおん"のような年齢になると、体温調節機能の能力も、残念ながら低下するようですね。実は、それで私も80歳を機に止めてしまったことがあります。

それが何か?を説明する前に、"ぶらいおん"の環境を記して置きましょう。つまり、住んでいる所は海水浴場の直ぐ傍なのです。ですから、夏になると、家から海パン姿の侭で歩いて、堤防の階段を下りて行けば、砂浜の続いた海に簡単に到達出来るのです。
それで、毎年夏になると、ばりばり仕事(技術翻訳)をこなしていた頃から70代までは、夕方5時過ぎとなり、駐車場の閉まる時刻が迫ってきて、海水浴客の姿もまばらになる頃を見計らって夕暮れの海に入り、ゆったり身体を海に浮かべ、白い雲を眺めるというのが、消夏を図るのには最適でしたね。また、同じ70代で、海水浴するもう一人の男性も居ましたが、いつでも私が最年長者でした。

「凄いですね」と言われながら、海水浴高齢者の新記録を打ち立てようと考えて居たのですが、80歳の大台を超えた段階で「どうも、温度調節機能が、我ながらちょいと怪しいかな?」という事態に直面しました。水の中に或る程度の時間入っていると、海水から上がっても、考えて居たより遥に身体が冷えて居て、直ぐには平常状体に戻らない、というような体験をしたので、これはいかん!無理すると大変危険だ、と自覚して、残念ながら「海水浴を手軽に実現可能」或いは、ちょっとカッコつけて「専用プライベート・ビーチ自由自在」という特権を放棄することにしました。

だから、「夏の暑さ今昔」を考えるに際しても、その人の「暑さに対する生理的乃至心理的感覚」によって大いに、その受ける影響や感度は異なるはずだ、と考えます。その前提で更に話を続けることにしましょう。

「夏の暑さ今昔」を考えるに際して、以前暮らしていた東京でも、今の住処の在る、ここ和歌山でも同じような傾向がみられのですが、その要因となるファクターは東京のような大都会の方に遥に数多く存在する、と考えられます。

それは、今昔で、我々を取り巻く生活環境が可成り変化したことです。...と、ここまで書いて来て、「今昔」と言っても、取り敢えず「今」の方は、現在でよいとしても、「昔」の方は、筆者の感覚と読者のそれとでは、もしかすると可成り異なっている可能性もありますよね。それで、たとえ大雑把であるにせよ、時代を特定しておいた方がよい、ということに思い至りました。それでは、どの辺りにすればよいのか?

手持ちの中村隆英著「昭和史」を繙(ひもと)いてみました。

敗戦直後の物資欠乏状態を脱し、略戦前並みの生活に戻ることが出来たのは昭和20年代の終わり頃だそうで、30年代に入ると目覚ましい経済成長時代に突入したということのようです。となると、筆者の生活環境から考えると、この時代は高校を卒業し、浪人したり、大学入学後、転部したり、大卒後ケミカル・インダストリーの一部上場会社に入社し、今まで知らなかったことも色々と経験し、勉強した時代です。

まあ、この昭和30年代後半は東京にもどんどん高層ビルが建ち始め、個人の住環境もオフィスの執務環境も、それ以前とは大きく変化し、全く同じでは無いにしても略今の状態と変わり無い、と考えてもよいのでは無いでしょうか。

従って、「夏今昔」を考えるに当たって、「昔」の方は特に断らない限り、一応昭和20年代及びそれ以前の時代を頭に置くことにしましょう。

「今昔」の大きな違いは、矢張り先ず住環境でしょう。今では火鉢の暖房は影を潜め、炬燵も昔、都会で専ら使用されていた行火(あんか)型の小型では無く、比較的ゆったりした掘りごたつ式や立体的な枠組みを毛布などで覆い、その上に化粧天板を置くタイプが殆どの家庭に浸透しました。それどころか、今はもう、床暖房とか、その他の時代かも知れませんね。
夏の冷房も、団扇や扇風機から先ず、今では平均的にはクーラーの時代でしょう。

また、この「今昔」では住宅そのものに使用する建材や工法の違いから来る通気性などにおける相違が大きいのでは無いでしょうか?つまり、筆者が小学生だった頃(太平洋戦争前や戦争初期)には、よく言えば、家の通気性は一般に良くて、風通しは今より優れていたように思います。反面、冬はすきま風がスースーしたりしてましたがね。

夏といえば打ち水した路地に並べた縁台で涼みながら、子どもたちは線香花火に興じ、見守る大人たちは浴衣姿や団扇を使用して涼しげな様子をしていたように思います。

更に、東京では今のように高層ビルが建ち並び、その他にも存在する建物自体がビルディングやそれに類した建造物ばかりとなり、一般的に居住する空間の通気性は減少する結果となっているのように思います。余程特別な理由が無い限り、ビル建造物は無論のこと、一般家庭でも冷暖房はエアコンディショナー設備を設けるというのが今では通例でしょう。

そうなれば、物理的には室内の熱分を外部に排出することになるわけですから、必然的に室外では、それらが増加、蓄積するわけですよね。そうなれば、日中の外気温にそれらが(たとえ、数字的に大きな値で無くても)加わることになりますよね。

それと、昔と違うのは、都会人が(何処からでも、何処へでもで、いいのですが)室内から室外へ出たり入ったりする都度、少なくとも体感的には可成り温度差の異なる領域を出たり入ったりすることになってますよね。こんな場合、深く考えなくても、陽の当たる室外へ出た途端、誰でも可成りの暑さを感じることになるのはむしろ当然では無いでしょうか?昔のように、通気性の良い室内から室外へ出入りしても、元々扇風機程度の冷房しかしていなければ、室外へ出ても極端な温度差を体感する頻度はずっと少なかったかも知れません。

道路の舗装状態はどうだったでしょうか?これについての記憶は、時代により微妙に相違があったような気がするのですが、ちょっと自信がありません。"ぶらいおん"の小学生時代は自動車の数も今より遥に少なかったし、勢い自動車が走行する道路の面積自体も圧倒的に狭かったことでしょう。だから、自動車が走行するようなメインストリートで無ければ、ちょっと入った路地などでは、砂利道なども結構多かったような気もします。

東京のような大都会では昭和20年代でも、その半ば頃には舗装道路の総面積は、それまでより可成り増加していたものと思われます。しかし、何と言っても1964年(昭和39年)の東京オリンピック開催を機に高速道路や一般道路の整備が急速に進み、舗装された道路の総面積は飛躍的に増えた上、新幹線も運転を開始しました。

これらが、いわゆるヒートアイランド現象に拍車を掛けていることは先ず、間違い無いでしょう。その上、高層ビル群も増加を辿る一方ですから、これらもビル風の現象を助長し、このことが空気の流れに思わぬ影響を及ぼしている筈ですから、当然、人の体感温度にも影響があることでしょう。

結局、「昔」とは違う「今の夏の暑さ」の根本原因を突き詰めて行けば、それは人間による自然に対する人工的加害がもたらした当然の帰結に他ならないでしょう。言ってみれば、資本主義の宿命である「大量生産、大量消費」の排出物たる必然的な歪みの一つが、この夏の不快な暑さであるに違いありますまい。

いずれにせよ、「夏の暑さ今昔」について、昔の冷房不完備状態でも、多少とも自然に寄り添った「暑さ」を、海水浴や高原に避暑するなどして、そのまま身体で素直に受け止めて、夏を味わいながら、やり過ごすか?あるいは、たとえ、人工的な手段に依存しすぎようとも、湿度や暑さを出来るだけ排除して夏を出来るだけ意識しないようなライフスタイルを採って人生を続けるか?それは結局、あなた次第ですよ。

それは偏にあなたご自身の問題と言うより他ありません。

元気一杯人生を走り抜いていたときの"ぶらいおん"は暑さを大袈裟には気にしない夏大好き人間で、大いに夏を楽しみました、それで満足です。83歳のぶらいおんは、書き物をしたり、デスクワークで集中したいときは躊躇無くクーラーの恩恵を享受しています。105歳を迎えたばかりの母の温度管理を今は入居施設に委ねておりますが、ここでもエアコンディショナーの助けを必要としています。

人類は、夏の暑さに対する対処方法においても、或る範囲で今や選択可能な時代にあるのですね。良くも、悪くも...。

『昔から夏はこんなに暑かった?』という問いに対する"ぶらいおん"の答えは「うん、暑かったよ」とも言えるし、「いや、時を経るに従って、益々暑さが加わったように感じるね」ということになるのかも知れません。結局、絶対不変の答えなぞ最初からあるわけ無いんじゃないですか?

筆者:ぶらいおん(詩人、フリーライター)東京で生まれ育ち、青壮年を通じて暮らし、前期高齢者になって、父方ルーツ、万葉集ゆかりの当地へ居を移し、今は地域社会で細(ささ)やかに活動しながら、西方浄土に日々臨む後期高齢者、現在100歳を超える母を介護中。https://twitter.com/buraijoh