はじめに

愛する家族である愛犬が「物」と扱われるってどういうことでしょうか?

ペットと暮らす生活をしてはじめてわかること、それは、彼・彼女らの存在が「家族」という言葉にどれだけふさわしいかということです。体調や機嫌に異変があれば心底心配になりますし、ニコニコ元気でいると心底嬉しいものですね。
また、飼い主として、たくさんの愛情を伝え、必要な躾やマナーを学ばせる等の努力・工夫をこらし、人間社会の中で、彼・彼女らがストレスなく生きれるように奮闘するのも、まるで我が子にするような当たり前の事と捉えていらっしゃることでしょう。

そんな「家族」の一員のはずであるペットが、ある法律の上では「物」として扱われているのは、意外に知られていなかったり、知っているつもりの飼い主さんでも誤解があるようです。当時、犬の飼い主1年生だった私もそうでした。

交差点で愛犬が車に轢かれたらどうなるの?

私が実際に直面した「交通事故未遂」のシーンを紹介しましょう。

交通量はほぼなく、見通しのよい2車線の夜の交差点。青信号で渡ろうとした際に、右折で黒のワゴン車が交差点に入ってこようとする雰囲気がふと気になり、渡っていいはずですが、愛犬に「待て」の指示を与えました。
すると、黒のワゴン車は一旦停止どころか、スピードを落とすこともせず、交差点に進入しそのまま走り去ったのでした。それはそれは、恐ろしい経験でした。

その恐ろしさが過ぎ去った後は、こんな考えが頭を過りました。

「もし、愛犬が車に轢かれたら、運転手には人間一人を轢いたのと同等の罰が下るのでしょうか?」

答えは、NO、です。
運転手が犬を轢いた時に基本的に適用されるのは「器物損壊罪」。他人の所有物を壊したという扱いです。
一方で、野良犬を故意に虐待・殺害した者に適用される法律は、「動物愛護法違反」。動物の命をむやみやたらに傷つけたという扱いです。

どちらの場合でも人間の子どもが車に轢かれたり、故意に虐待・殺害された際と同等の罰が下ることはありませんし、状況によっては、飼い主としての過失が厳しく問われるケースもあるぐらいです。(動物愛護法上、飼い主として愛犬が他者に害を及ぼしたり逸走を防止する義務があります)

大事な家族なのに、人間の子どもと愛犬の違いは異なるのはなぜでしょうか?
愛犬が「器物損壊罪」で「物」として扱われているのはなぜでしょうか?
野良犬は「動物愛護法違反」で「命」として扱われるのはなぜでしょうか?

飼い主の皆さんが普段から感じていらっしゃるであろう、これらの素直な疑問を解説していきます。

器物損壊罪と動物愛護法を基本を押さえましょう。

器物損壊罪とは?

他人の所有物または所有動物を損壊・傷害することを内容とする犯罪で、刑法第261条で定められています。

[刑法第261条]
前三条に規定するもののほか、他人の物を損壊し、又は傷害した者は、三年以下の懲役又は三十万円以下の罰金若しくは科料に処する。

器物損壊罪の対象と適用

器物損壊罪の対象となる「物」にはペットも含まれます。また、「損壊・傷害」には、他人のペットを車で轢く等の殺傷してしまった場合だけでなく、他人の鯉を流したり、鳥籠を解放して鳥を逃がしてしまった場合にも該当します。

また、器物損壊罪は親告罪です。
警察が勝手に捜査して逮捕というケースはほとんどなく、「物」の所有者が告訴しない限りは罪に問われません。告訴する際には、犯人であると確定できるだけの相当の証拠を集めて6ヶ月以内に提出する必要がある上、特にペット関連については警察で受理される可能性がかなり低いとされています。

動物愛護法とは?

正式には、「動物の愛護及び管理に関する法律」。
動物愛護(虐待防止、生命尊重)と動物管理(動物による人の人の生命、身体及び財産に対する侵害を防止)が基本目的です。

「動物の愛護及び管理に関する法律」全文
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S48/S48HO105.html

動物愛護法の対象と適用

動物愛護法の対象となる動物は下記の通りです。

牛、馬、豚、めん羊、山羊、犬、猫、いえうさぎ、鶏、いえばと及びあひる人が占有している動物で哺乳類、鳥類又は爬虫類に属するもの

ペットの中でも、犬や猫は対象になりますが、両生類以下の脊椎動物並びに無脊椎動物は適用されないので、飼育している熱帯魚を第三者に故意に殺傷されても、動物愛護法違反は適用されません。

愛護動物をみだりに殺したり傷つけた者は2年以下の懲役または200万円以下の罰金、虐待を行った者や遺棄した者は100万円以下の罰金等、様々な罰則が規定されてはいます。
しかし、動物の虐待事案を専門的に取り扱う公的機関がない日本では、動物愛護の観点でも、動物管理の観点でも、動物愛護法がスムーズに機能していない現状があるのはご存知の通りです。

器物損壊罪は人間のための法律、動物愛護法は動物のための法律

このように、同じ犬なのに、野良犬には器物損壊罪は適用されず動物愛護法のみ、ペットである愛犬には器物損壊罪と動物愛護法の両方が適用されます。これは2つの法律の目的がそれぞれ異なる点が理由として挙げられます。

器物損壊罪が適用される”責任”の意味

器物損壊罪といえば、お店のガラスや商品を壊したといったイメージが強いため、ペットを「物」に含むの?という疑問を飼い主さんが感じられるのも無理はありませんが、目的は別の所にあります。

日本に限らず、近代国家の法律は対象を「人」と「物」に分けて制定されています。この場合の「人」「物」の区別は、命があるなしではなく、責任が取れるかどうかというのが基準となっています。
会社は「人」そのものではありませんが、「法人」とされ、法律や刑罰の対象とされますが、野良犬に噛まれたり野良犬に庭を汚された場合、野良犬を逮捕し、懲役や罰金を科すことができるかといえば、それは無理な話ですね。
しかし、ペットという扱いとなれば「飼い主」という「人」が存在するのです。ペットだけでは、責任が取れないけれど、そこに責任を負う存在として「人」の存在があるからこそ、ペットである愛犬は器物損壊罪の適用がなされるのです。

動物のための動物愛護法

人間も動物の1種類であるのですが、現在のところ人間という動物が繁栄し地球上を(ある意味で)制圧してきました。そこに至って長い年月が経つ中で、人間が人間を傷つける行為だけが悪ではなく、人間以外の生き物についても無駄な殺戮や破壊する行為を行なうことについても、深く考えるようになった結果うまれた考え方が「動物愛護」です。
日本の動物愛護法(動物の愛護及び管理に関する法律)が最初に制定されたのは1973年のこと。最近では2013年に改正され、特に、飼い主やペット業者の責任や義務が強化されました。強化されたというのは、ペットへの虐待や飼育放棄、無責任は販売やブリーディングが社会問題となったから、他なりません。

事例でみる器物損壊罪と動物愛護法のバランス関係

交通事故の場合

車を運転している際に、野良犬の急な飛び出しを避けようとして自分の車を破損したり、自身や他者を傷つけた場合、運転手に全ての責任が科せられます。様々な状況を考慮した究極の判断として、野良犬を轢く覚悟が求められるのは、運転手として知っておかなければならないのです。当然、法律上も人道的にも罰の対象にはなりません。

しかし、愛犬は野良犬とは異なりますから、轢いたり轢き逃げされる事は運転手の罪だというのも愛犬家としては理解できる心情ですが、なぜ、轢かれる状況に愛犬を置いてしまったのか?を突き詰めると、ほとんどのケースで、首輪抜けした、リードが外れた等の飼い主のミスやハプニングが挙げられます。
こういった交通事故については、愛犬家よりも運転手の方が詳しいケースが多いもので、故意でない限りは、轢き逃げしたとしても飼い主が証拠を揃えて、器物損壊罪として告訴してくるのは難しい事や、「飛び出させた方が悪い」「こちらの車を汚した責任」等、動物愛護法違反を基に飼い主の責任を追求されるのもよくある話です。

とはいえ、運転手の中にも理解のある方もたくさんいらっしゃって、病院までの搬送や健康の心配をして下さる場合もあります。そんな時は、飼い主としての不注意を運転手にきちんとお詫びしましょう。そして、双方が適切な保険に入っていれば、金銭面での解決は随分スムーズにいく時代になっているようですが、運転手VS飼い主の心情問題は、それでもなかなか大変なのが現実です。

但し、運転手が道路交通法違反を犯していた(スピード違反、信号無視など)、明らかな故意があった(動物愛護法違反が適用)場合は、刑事事件として警察の積極的な介入も期待できますが、どちらにせよ轢かれて辛いのは、何より愛犬です。
飼い主として、車道に飛び出した方が「負け」ぐらいの気持ちで、家族である愛犬をしっかり守ること!が1番の対策です。

咬傷事故の場合

どんなに大人しくて、躾が行き届いていたとしても、「自分の愛犬は咬まない」という認識は捨て方がいいでしょう。その思い込みが、愛犬を事故に巻き込んでいるケースが、ビックリするほど多いのです。さっきまで仲良くしていた犬に本気で咬みつかれたり咬んでしまったりといった犬VS犬のケース、散歩中や店先で係留させていた愛犬が他人を咬んでしまったといった犬VS人のケースもあります。

犬VS犬のケースの場合。それぞれの飼い主の落ち度や人間関係が大きいですね。ペットである愛犬は器物損壊罪の対象となりますが、器物損壊罪は「過失」を処罰する規定はありませんが、民事的には「不法行為」にあたります。治療費や慰謝料といった金銭問題で泥沼化する事もあれば、お互いに「ごめんなさいね」の言葉のやり取りで終わるケースもあるでしょう。

そして、大きな問題になるのが犬VS人のケースです。ほとんどの自治体には動物愛護法を下敷きにした動物の飼育についての条例が施行されており、事故防止のための措置を飼い主に義務づけています。「ちょっと目を離した」「数分、買い物をしただけ」という言い訳は一切通用しないというのが基本です。実際に、人への咬傷事故の大半は、飼い主としての責任・努力が完全ではなかったが原因です。
もしも、愛犬が人を咬んでしまったら、決して逃げたり逃げるような態度を見せてはいけません。被害にあった方に、法に則って速やかに行動を起こしましょう。(自分に非がある場合は、条例・動物愛護法違反の現行犯として刑事罰の対象になりますし、自分に非がないと主張できる要素があるならば、同様の罪で被害者を訴えることもできます)

余談ですが、筆者も他犬に咬まれた経験があります。手加減をくわえて咬まれたため歯形がちょっと残ったぐらいでしたが、数日間、ピリピリと軽い痛みは続きました。見た目以上に痛みます。出血しなかったので大したことないと通院しませんでしたが、破傷風やその他ウイルスに感染し重症化するケースがある事をこの記事を書くにあたり知り得ました。
そうなってからでは遅いですので、どんなに軽くみえる咬傷でも、1度は通院することを強く奨めます。(被害者の方にも強く奨めて下さい)

最後に

愛犬家の私たちにとって、自分の飼う犬は「家族」!そこは絶対に譲れない気持ちですが、野良犬も明日にはペットになっているかもしれませんし、野良猫によっては「地域猫」という考え方が浸透しはじめてきました。これら犬や猫の存在の区別は、言葉は厳しいかもしれませんが、人間のエゴだろうと考えますし、これまで見てきた様々な法律も同様です。

このエゴのもと、愛犬の立場がこれからどのように考え方が変化していくのかはわかりません。子どもの数よりペットの数の方が多いともされる日本では確実に愛犬家の存在は増えています。が、その一方で飼い主が起こすトラブルや過失による事故も増えているも現状です。
愛犬が車に轢かれた際に、「器物損壊罪」ではなく「傷害罪」を適用させたいという願いを実現させたいのなら、現在課せられている飼い主としての義務をよりレベル高く実施するのが大前提でしょう。他人や他犬を咬傷した場合に、実は狂犬病ワクチンを接種していなかった事がわかる事も多いのです。
その上で、住民税の納税や戸籍の登録、飼い主・愛犬とも特別なトレーニングを受けて認定される等、人間社会全体が納得するに値する仕組みをつくる機運を高めていく必要があります。「愛犬は物じゃない」「愛犬は家族だ!子どもだ!」という感情一辺倒では何も変わらない。変わらないどころか、より愛犬が暮らしにくい方向に変わっていくかもしれないことを、今一度考えて頂きたいと思います。

家族である愛犬の命を守れるのは飼い主さんだけなのです。