レスリング男子グレコローマンスタイル59キロ級の太田忍(ALSOK)が、日本のグレコローマンスタイルとしては2000年シドニー五輪の永田克彦(69キロ級)以来、実に16年ぶりの銀メダルを獲得した。1952年のヘルシンキ五輪以来、途絶えることなくすべてのオリンピック競技のなかで唯一、メダルを獲得し続けてきたレスリングの記録を更新し、伝統を守り抜いた。

 太田の初戦の対戦相手は、イランのハミド・スーリヤン。オリンピック出場権を獲得した3月のアジア予選で破っている相手とはいえ、ロンドン五輪(55キロ級)をはじめ、世界を6度も制している30歳のチャンピオンだ。ここ数年は体力的な衰えを指摘され始めたが、日本代表グレコローマンスタイル西口茂樹監督は、「実力はナンバー1。今大会、もっともマークしなければならない選手」と警戒していた。

 第1ピリオド、スーリヤンがあっさりローリングで2点を奪うと、バックにまわってさらに2点を追加。0−4とリードを許したが、太田は最初から「勝負は第2ピリオド」と決めていた。

 アジア予選の後、太田は次のように語っている。

「スーリヤンと戦って、うまさは感じたが、力強さはなかった。特に、後半はバテているのがアリアリだったので、ここで攻めれば勝てると思い、一気に攻め込みました」

 ロンドンの金メダリスト相手にも怯(ひる)むことなく、冷静に相手の状況を見極め、リオへのキップを手にした太田は、オリンピック本番では前回の対戦で見つけた相手の弱点を突く戦術に打って出る。

 4点を追う展開となった第1ピリオドは、相手を振り回し、常に動かし続けてスタミナを消耗させた。そして、勝負と決めた第2ピリオドに入ると、太田は一気に攻め立てた。

 まず、ゾーン際で投げを打って2点を奪取。肩で息をしているのが遠目でもわかるほど疲れたスーリヤンはまったく攻めることができず、その消極性から3回目の注意を取られ、さらに太田に1点を献上。太田はなおも攻め続けるべく、あえてグラウンドでのパーテールポジション(※)を選択せずに相手を立たせ、休ませずに試合を再開した。そして残り10秒、鋭いタックルでスーリヤンを場外まで押し出して2点を獲得。結果、5−4で大逆転勝利を飾った。

※パーテールポジション=一方の選手がマット中央で両手・両ひざをついて四つんばいとなり、もう一方の選手がその背後から攻める構え。一方の選手が消極的なプレーで審判に警告されたあと、罰則としてこの構えが命じられる。

 世界選手権の出場経験すらない22歳の太田は、いわば今回が「世界デビュー戦」。しかし、それをまったく感じさせない快進撃を続けていった。2回戦では、ロンドン五輪・5位(60キロ級)にして世界ランキング3位のアルマト・ケビスパエフ(カザフスタン)に反り投げを極(き)めて6−0と圧勝。さらに準々決勝では、2014年世界選手権・銅メダリストのスティグ・アンドレ・バルゲ(ノルウェー)にもがぶり返しや胴タックルを炸裂させ、4−0と連続して完封勝ちを収めた。

 そして迎えた準決勝。相手は北京とロンドンでともに銀メダル(55キロ級)に輝き、昨年の世界選手権でも2位になったアゼルバイジャンのロフシャン・バイラモフ。第1ピリオド、相手の反り投げで2点を奪われるも、その直後に"太田スペシャル"とも言える強烈ながぶり返しを極める。そしてそのまま相手のマットを肩につけ、2分31秒フォール勝ちで決勝戦へと駒を進めた。

 金メダルをかけて戦う相手は、昨年の世界チャンピオンであり、現在世界ランキング1位のイスマエル・ボレロ・モリーナ(キューバ)。さすがに優勝候補筆頭の壁は高く、太田は5分7秒フォール負けを喫した。しかしながら、男子レスリング初日に登場した"切り込み隊長"の銀メダル獲得は、今後の日本レスリングのメダルラッシュの引き金となることは間違いないだろう。

 経験豊富な世界の強豪たちは、なぜ22歳の若者に苦しめられたのか――。それは、身体の柔らかさを生かした、太田のアクロバティックな動作にある。

 鋭い胴タックルを決めてきたと思いきや、十分に組み合った状態からでも豪快な反り投げや、がぶり返しを放ってくる。自分が太田を投げたはずなのに、なぜか逆に太田のほうが身体の上に乗っている。対戦相手からすればまったく予想ができず、レスリングの常識では考えられないトリッキーな動きを見せることから、海外で太田につけられたあだ名は「忍者レスラー」。リオ五輪では、太田ならではの能力が最大限に発揮されたというわけだ。

 太田が所属するALSOKの大橋正教監督は、22歳の銀メダリストの戦いぶりを次のように評価した。

「今日は、太田のよさがすべて出ました。オリンピックという大舞台で、何かやってくれそうな予感はありましたが、まさかここまでとは......。昨晩の組み合わせ抽選で強豪ぞろいのブロックとなり、実績ではるかに上回る選手たちを次から次へと相手にしなければなりませんでしたから。

 1試合も気が抜けませんでしたが、それでも淡々と、そして堂々と戦いながら自分の戦い方を貫き、波に乗っていった。相手にしてみれば、強さはそれほど感じなかったかもしれませんが、やりにくい選手だったでしょうね。まさに、"曲者(くせもの)"です。

 決勝戦では力の差を見せつけられましたが、あの試合でまた多くのことを学んだと思います。続く同僚(ALSOK)の伊調馨(いちょう・かおり)選手、高谷惣亮(たかたに・そうすけ)選手にもいい刺激になったことでしょう」

 表彰式後、「決勝の舞台に立てたことは幸せ。銀メダルは重たいですけど、金メダルを獲れずに終わったことは残念です」と素直に語り、4年後の東京五輪で金メダルを目指す。ロンドン五輪後に世代交代が図られ、エース不在となった日本のグレコローマンスタイルに、この4年間待ち望んだ新星が今日、誕生した――。

宮崎俊哉●取材・文 text by Miyazaki Toshiya