4年前――。ロンドン五輪でアルゼンチンが3位決定戦に敗れてメダルを逃したとき、マヌ・ジノビリ(SG/サンアントニオ・スパーズ)はリオ五輪のことを考えてもいなかったという。

※ポジションの略称=PG(ポイントガード)、SG(シューティングガード)、SF(スモールフォワード)、PF(パワーフォワード)、C(センター)。

 リオ五輪直前の7月28日に誕生日を迎え、彼は39歳になった。アルゼンチン代表のなかで一番年上であるだけでなく、今回のオリンピックに出ている男子バスケットボール12チームのなかでも最年長だ。この数年は、ほとんど毎夏のように引退を考えた。リオ五輪に出ると思ってもいなかったのも、そのためだった。

「今回のオリンピックが来るころには、とっくに引退していると思っていた。まだここにいるなんて、まったくクレイジーだ」と、ジノビリは言う。

 昨年夏のアメリカ大陸予選は欠場したが、出場した4歳年下のルイス・スコラ(PF/ブルックリン・ネッツ)らが準優勝を果たし、オリンピック出場権を勝ち取ってくれた。

「昨シーズン(2015−2016シーズン)は、チーム(サンアントニオ・スパーズ)を助けられるぐらい健康に過ごすことができた。バスケットボールも楽しんでいた。だから、今回のオリンピックに出るというのは簡単な決断だった」

「(アルゼンチン代表の)若い選手たちと力をあわせて、彼らを助け、できるかぎりチームに貢献したい。オリンピックを楽しみたい」

 リオ五輪の本番を前に、ジノビリは心境をこう語っていた。

 2004年アテネ五輪から数えて連続4回目のオリンピック出場となるジノビリ。アテネで金メダル、北京で銅メダルを取り、ロンドンでは3位決定戦で敗れた。代表デビューしたのは21歳のとき、1998年のアテネ世界選手権。それから18年にわたり、アルゼンチン代表として戦ってきた。

 ジノビリを筆頭とするアルゼンチンの黄金世代は、世界のバスケットボールに衝撃を与えた。代表チームであっても継続性が重要で、チームが一体となるケミストリーを育てることができれば、世界の頂点に立てることを示した。

 今回のアルゼンチン代表は、ジノビリを筆頭に黄金世代を経験している選手が4人いる一方で、26歳以下――次の世代の選手たちがチームの半分以上を占める。

「今回のチームメイトのなかには、僕が(1995年に)プロになってから生まれた選手もいるんだ。1998年の世界選手権を覚えている人がいるかと聞いたら、誰も覚えていなかった。(若い世代は当時)3歳、4歳、5歳、6歳ぐらいで、記憶にないと言われた。僕はそのとき、もう試合に出ていたんだからね」と、15歳以上若い選手たちとの差を改めて痛感した。

 アルゼンチンは長い間、「黄金世代の次が育っていない」と言われてきた。しかし、下の世代が育っても育っていなくても、ベテラン選手たちは世界の舞台から退いていく。残されたジノビリには、今回の大会でアルゼンチン代表として積み重ねてきたことを若手選手たちに伝えるという役割もある。ジノビリは、その役割を「喜んで受け入れた」と言う。

「これまで多くのことを経験してきたからこそ、後に残していきたいんだ」

 オリンピックが終わった後には、15シーズン目となるサンアントニオ・スパーズでのシーズンがやってくる。

 スパーズでは、盟友だったティム・ダンカン(PF)が7月に引退を発表した。

「TD(ダンカン)が何と言うかはわかっていたけれど、でもニュースで読むというのは、また別だ。彼がいなくなり、スパーズでのシーズンは、確実にこれまでと同じではなくなる」

 ダンカンがいなくなり、ジノビリはスパーズでもチーム最年長となる。スパーズのヘッドコーチ、グレッグ・ポポビッチは19年間スパーズを支えた不動の大黒柱・ダンカンが引退した後、ジノビリとは再契約しなくてはいけないと痛感したという。

「ティム(・ダンカン)がいなくなったからこそ、マヌ(・ジノビリ)をキープすることは必須だった」とポポビッチ。長い間、ダンカンを土台として続いてきたスパーズのカルチャーを、さらに次の世代に伝えるためには、ジノビリの存在が必要だったのだ。チームのためにシックススマンの役割を進んで受け入れてきたジノビリでないと、伝えられないことがあると感じたのだ。

 7月にフリーエージェントになったジノビリは早々に現役続行を発表し、フィラデルフィア・76ersから勧誘されながらも、スパーズと1年契約を交わすことを選んだ。スパーズのチームメイトやコーチたちから離れることは、考えられなかったという。

「サンアントニオを離れたくなかったんだ」とジノビリは語る。スパーズには、そう思うだけの絆(きずな)があり、信頼関係があるのだ。

 少し前にジノビリは、NBAに入って以来、スパーズひと筋でやってきたことについて聞かれ、こう答えていた。

「このチームの一員として続けたいと思い、毎回このチームに戻ってくる理由があるとしたら、それはこのチームに素晴らしいケミストリーがあるからだ。ともに時間を過ごしてきた仲間と、楽しい時間を過ごすことができるからだ。試合に勝つこと、優勝することだけがすべてではないんだ」

 39歳のジノビリの選手生活は、確実に終わりに近づいている。太陽だとしたら、沈みかけた夕陽だ。それでも、アルゼンチン代表とスパーズのふたつのチームで、自ら築いてきた伝統を次の世代に継承するという役割が残されている。長い間、チームのつながりを大切にしてきたジノビリだからこそできる、大事な役割だ。

宮地陽子●取材・文 text by Miyaji Yoko