2016年7月29日に公開された映画『シン・ゴジラ』
総監督・脚本は庵野秀明、監督・特技監督は樋口真嗣。
誰かと語り合いたくて仕方ない! そんなもどかしさが高まってきた8月12日、とうとうトークイベント・米光一成×柴尾英令×伊藤聡 「緊急開催!『シン・ゴジラ』について存分に語りたい人が集う夜」が開かれた。
会場は、下北沢の本屋B&Bだ。


当「エキレビ!」で全日本人に『シン・ゴジラ』をオススメしたゲームデザイナー・米光一成。
「水道橋博士のメルマ旬報」に酷評と絶賛両方のレビューを寄稿したゲームクリエイター・柴尾英令。
cakesでの連載「およそ120分の祝祭」で庵野監督のプライドと社会性について論じた伊藤聡。
会場は『シン・ゴジラ』ファンで満席になった。女性の1人客もちらほら。本当に、色んな人がゴジラを目撃した夏なんだなあ。


ぶっちゃけ『シン・ゴジラ』どうだった?


米光 泣いた? ぼくは、ゴジラが火炎をバーッて吐いて、街をズゼロゴーンと破壊するシーンで泣いたんだけど。
柴尾 第2形態から第3形態になるあたりで、大きいものが街を壊していきながらも全く目的が分からないところが泣きポイント。蒲田上陸とかあの辺ね。
米光 早やッ。泣きポイント早やッ。
伊藤 私は災害映画が大好きなんです。隕石落ちてくるとか、自由の女神が倒れるとか、醍醐味ですよね。それが東京になると、ビル1棟、アパート1棟倒れる度に『ここに人が住んでるのに……』とリアルに悲しい。
米光 ぼくは、なんであのシーンで泣いたのか自分では理解できなくて。悲しいとかじゃないかもしれない。我々が3・11を経験しているからかなあ。


伊藤 釈由美子の『ゴジラ×メカゴジラ』(2002年)は観ました? 今、シン・ゴジラはエヴァだとか言われてますけど、“釈ゴジ”がエヴァなんですよ!。
米光 エヴァっぽいの?
伊藤 っぽいんじゃない。エヴァなんです! ゴジラの骨を使って、新しいロボット型ゴジラ・機龍を作る。機龍は、夕日の中で電池が切れて止まっちゃう。ああ、これエヴァで見たなっていう(笑)。もう1回動かすために電気が要る。だから電力会社に言って日本中から借りるんだ、みたいな話になるんですよ。
柴尾 ヤシマ作戦だよね(笑)。庵野のネタを庵野なしで撮ったらこんなことになっちゃうんだ(笑)って気付きがある。
伊藤 そんな“釈ゴジ”、みなさん見てみてください。

『シン・ゴジラ』は何から自由になったのか?


「ジャニーズフリー EXILEフリー AKBフリー(前田敦子を除く)」
どーん!とスライドが映し出される。


柴尾 彼らが悪いという話ではなくて、集客のために彼らを出演させなければいけないという『日本映画のしがらみ』から自由になったんですよ
米光 企画書に書いてあると大人が安心する名前に、今回は頼らなかったんだね
柴尾 色々な権利が絡む制作委員会を置かなかったことも、日本映画のしがらみからフリーになっている。だから庵野監督が大人たちの顔色を見なくて済んだのかもしれない。あるいは、この人の顔さえ見ておけば大丈夫という状態を作ったのかもね。好き勝手できるように」

続いては「過去の遺産」からの解放について。

柴尾 『シン・ゴジラ』は、ゴジラの過去の遺産からフリーになった。これはすごいことだと思います。
伊藤 昔、ゴジラという怪獣がいてね……という、みんながゴジラを知っている前提の世界だったんですよね。今までは。
柴尾 日本のゴジラ映画に関してはね。過去のゴジラから自由になれたから、第4形態までの段階的進化なんかを描けた。みんなの記憶からゴジラをなくすことで、初めてゴジラを見て恐ろしく感じる正直な気持ちを呼び起こせた。一番ゴジラの存在を感じるように作ってあるんだよなあ。
米光 なるほどね。
柴尾 あと『シン・ゴジラ』の世界って東日本大震災はあったのかな、と疑問なんです。避難とか放射線とか、3・11を思わせるワードは出るけど、直接的に震災の話って出ない。3・11を描かないことで、3・11を思い起こさせる。その辺の虚構と現実の混ぜ方が最高に面白いですよね。

そして話は「イデオロギーフリー」に移る。


柴尾 あの時の民主党だ自民党だ、みたいな意見も見た。そうじゃなくて、僕は日本の政治の総体としての総理大臣像に近いと思う。それで思い出したのが、映画『日本沈没』『ノストラダムスの大予言』『太陽を盗んだ男』の総理大臣。
米光 1970年代?
柴尾 日本がそこまで政治的じゃなくなった時代の、パニック映画の総理大臣像かな。70年代というのは、庵野監督が一番好きなウルトラマンの一番コアな時代でもある。今みたいに、ちょっと自衛隊を使ったら条件反射的に『戦争反対!』という声が上がる前の時代。庵野監督は、その辺の映画をもう一回やりたいんじゃないかな。
伊藤 うーん。

柴尾 それから、皇居と天皇について一切触れないですよね。
伊藤 そこ言っちゃいますか。
柴尾 触れないけど、皇居のすぐそばでゴジラは暴れてる。東京駅とか。あの物語の中では、日本に天皇はいないのかなあとか考えちゃいますよ。
米光 怪獣映画の伝統としては、今までだって触れてないですよ。
柴尾 さっき挙げた『日本沈没』とかでは、天皇に結構触れてるんです。だから、70年代への回帰と考えると矛盾が出てきちゃうんだよなあ(笑)。
伊藤 日本映画に政治を入れるのは、難しい。アメリカ映画だとレーガンとか出てくる。アメリカって、その時代にどの選挙で誰が大統領だったかってすごく重要なんです。日本人には『この時、村山政権だったよなあ』っていう共通認識がない。だから、映画に政治で時代性を盛り込むのって日本では難しいです。
米光 イデオロギーって、本質的には思考の体系だから、映画にした瞬間にフリーではいられないんだよね、どうしても。
柴尾 現代におけるイデオロギー論争からは、フリーにはなっていると思うけどね。
米光 シミュレーションゲーム的に設定があって、それを巧いプレイヤーが超絶プレイを見せるような快感がある映画なんだけど、それでも、宇宙戦艦ヤマト的な自己犠牲イデオロギーが読みとれちゃう。8月22日にボラーニョの『第三帝国』のトークショーをやるんですが、この小説がまさにそのあたりのことを描いています。第二次世界大戦のウォーゲームのチャンピオンが主人公で。
柴尾 アバロン・ヒルの「THIRD REICH」?
米光 そう。有名なシミュレーションゲーム「THIRD REICH」のチャンピオンが、スペインでバカンスしている間、火傷の男と対戦するのだが……って話。主人公は純粋にゲームだと考えてプレイしているが、対戦相手はそうじゃないっていうのがじわじわと迫ってくる。
柴尾 人は、ついつい自分の内なるイデオロギーを当てはめちゃうんですよね。

『シン・ゴジラ』のリアリティって何だ?


伊藤 私はセリフの『言文一致』が気になる。巨災対(巨大不明生物特設災害対策本部)みたいに書き言葉っぽく話す人っていないじゃないですか。
米光 い、いるよ! ゲーム会社とかにいっぱいいる。オタクはあの話し方なの。
伊藤 えっ(笑)。反対に『えっ、動くの?』『魚雷とか撃ち込めばいいだろ』とか、話し言葉っぽく話す登場人物もいる。リアリティにおける書き言葉と話し言葉のバランスって、どんな感じかと考えてきました。

米光 リアリティと言えば、石原さとみにリアリティがないって言う人がいるけど、ああいう人はいる。DAIGOとか竹下登元総理の孫ですからね、「うぃっしゅ!」とか言うとるからね。逆に巨災対が一番のファンタジーですよ。あんなことありえない。
伊藤 巨災対は、良いファンタジーなんですよ!。
米光 そう、あってほしいから、OKだ、と。
柴尾 リアリティとはなんぞやという話になってくるよね。そもそも、ゴジラの存在がリアルじゃない(笑)。でも、在るんだっていう説得力があればそれでいい。
米光 CGも、ゴジラが実はそんなに動いてなかったり、着ぐるみっぽかったり。電車や船もCG感が強い。だけど、会議のシーンのディティールはすごく細かいの。重ねて運んでいるファイルが落ちそうになってるとか。書類も、事態が切迫するにつれて、どんどん枚数が減って、最後はメモになるとか。
伊藤 緊迫感がましてくるよね。
米光 会議のディティールを積み重ねることでリアリティを高めて、ゴジラのリアリティが上がる。予算配分のワザかもしれないけど、現実側のあるある感がすごくおもしろい。

米光 矢口(長谷川博己)とカヨコ(石原さとみ)を元恋人にしようって東宝側から提案があっても、そこは入れない。
伊藤 庵野さんが断る。『恋愛要素入れて』って言われて『やだ!』って言うの、すごい。私は普通の会社員なんですが、嫌だなんて2年に1回しか言わないですよ(笑)。
柴尾 ストレス溜まりますよ、そういうの。
伊藤 分かりましたって言う方が会社員として楽という時もあります。
米光 『シン・ゴジラ』って、まさにその映画だよね! 嫌だと思った時に嫌だと言えるか。会議映画でもあって、いかにやるべきことをできるように場をセッティングするかという。組織構築の映画だから、ある意味、会社員映画。


伊藤 庵野さんって『自分は赤坂(竹野内豊)タイプだ』と言ったんですって。
米光 会議は予定調和だからよけいなことを言うなタイプ。そうかなあ(笑)。
伊藤 庵野さんは株式会社カラーの社長で、会社を10年もやっている。奥さんの安野モヨコさんも、まさかあの人が会社をまとめられるなんて、と驚いたらしい。ただ、完全に事を荒立てたくない体制側、会社員タイプの私としては、庵野さんは赤坂の部分と、矢口の部分を両方持ち合わせているんだと思いますね。
柴尾 伊藤さんがどうして何回も『シン・ゴジラ』を見るのか分かった。自分の意思を真っ直ぐに発言する矢口のような、普通の会社では生きていけないような人たちが、真っ直ぐに生きていっているのが気持ちいいんだ。

三者三様の『シン・ゴジラ』評。
『シン・ゴジラ』のように、制作者が自由で、観客がのめり込める映画がもっと増えてほしいという思いで、心は一つになった。

米光 そのためにも、興行100億円達成してほしい。みなさん10回は見に行ってください。僕は5回行く!
(むらたえりか庵野秀明「シン・ゴジラ」に安野モヨコキャラ名発見。夫婦エッセイ漫画『監督不行届』再読