いくら語り合っても決着がつかない問題、それが闘犬競技

現在闘犬競技が行われている国はアメリカ、パキスタン、アフガニスタン、オーストラリア、ドイツ、そして日本です。(※これらの国の内、一部の国では法律で禁止されていますが、既に非合法であるにもかかわらず、現在も行われていると言われています)
日本で闘犬と言えば【土佐闘犬】が有名ですね。
青森県にも闘犬競技あるらしいのですが、私は土佐の闘犬競技しか知りません。

そしてこの闘犬競技に関しては賛否両論あり、どんなに語っても未だ決着がつかない問題です。
他国の闘犬事情はよく分かりませんので、土佐の闘犬競技にスポットを当て考えて行きます。

土佐の闘犬競技は無差別に強い犬同士を闘わせる訳ではなく、重量ごとに階級を分けて行われます。
また、ルールに基づき殺し合いをさせない様に闘犬オーナーが注意しながら行われています。
観戦者はスポーツ感覚で観ていまので『闘犬あるべし』の賛成意見は今でも根強く残っています。
その反面、『動物虐待である』、『大怪我をして死ぬかも知れない』などの意見もあり、闘犬競技を止めさせて欲しいと言う人が近年増えて来ています。
実は地域によっては闘犬や闘牛,闘鶏は禁止されています。
1948年に東京都で制定され、それを皮切りに北海道、神奈川、福井、石川で制定されています。
東京、神奈川、福井、石川では全面禁止となっており、北海道については土佐犬に関してのみ許可を得れば可となっています。

土佐闘犬は闘うために作られたファイティングドッグ

土佐闘犬になる犬種は土佐犬と言います。
土佐犬は四国犬にグレート・デーンやイングリッシュ・マスティフ、ブルドッグ等の大型犬を交配させて生まれた品種で、戦闘能力をより高くして闘うために作られたファイティングドッグです。
マスティフの血を色濃く残している事で、現在では【ジャパニーズ・マスティフ】とも称されています。

性格は怖いもの知らずで大胆、かつ忍耐力があります。
人懐っこい一面も持っていますが、闘犬になるために生まれて来ていますので闘争心や攻撃性は他犬種に比べると段違いです。
そんな土佐犬も主人に対しては非常に忠実だと言われています。

土佐闘犬の歴史は古く、そのルーツは14世紀にまで遡ります。
当時の土佐藩で、藩士の士気を高めるために行われたのが始まりだとされていて、特に徳川幕府との戦いの前に藩士達は闘犬競技を観て楽しんだと言われています。

愛犬家と考えの次元が違う闘犬家

『闘うことを喜びとしているのだから、土佐闘犬から闘う事を奪うのは、むしろ闘うこと以上に拷問的ではないのか』と闘犬家は言っています。
もしかすると、闘うために作られた犬達にとって闘うことが本能であれば、それはそれで幸せかも知れません。
しかし、犬同士がぶつかり合う音が響き、土俵に血に染まる、そんな状況を目にして闘犬家達は面白いのでしょうか?
傷つき敗れた姿の愛犬を見て楽しいのでしょうか?
私には理解できません。

闘犬家も愛犬家なのでしょうが、私達の様な一般的な愛犬家との考え方は次元が違うのではないでしょうか?
機会があれば闘犬家の方々に聞いてみたいものです。
意見交換しても平行線を辿るでしょうが・・・
出来るだけ平等に記事を書こうと思ったのですが、書いているうちについ本音が出てしまいました。
これで私が反対派だと言う事が分かってしまいましたね。

ある人気総合格闘家の意見が称賛される

テレビの某番組で、人気格闘家の【 山本"KID"徳郁 】さんは、土佐闘犬の飼い主の『犬は競技中しっぽを振って喜んでいるから死ぬまで闘わせる』という発言を受けて反論しました。
山本さんは
『犬って人を怒って噛んでも興奮して尻尾を振るんですよ』
『犬は尻尾で興味,従順,興奮,警戒,緊張,不安と言った喜怒哀楽の感情を表すんですよ』
『それを知らずに飼育してるのは全然無知・・・』
と述べています。

私は派手な格闘家ってあまり好きではないのですが、この発言は大賛成です。
山本さんは愛犬家でもありブリーダーでもあるそうです。
ですから彼の発言には説得力を感じます。

この後、 山本さんは同じ内容を自分のブログで訴えており、その意見がネットで多くの人から称賛されたと言われています。

山本"KID"徳郁氏は闘犬家のしている事は人間のエゴであると言っていますが、それは私も同じ考えです。
飼い主の都合で首輪をつけ、家に閉じ込めて従順な犬に育てる行為も人間のエゴではないのか、と言う発言もあったのですが、少なくとも家の中で闘わせて痛い思いなどさせないですからね。

皆様はどの様にお考えになりますか?

まとめ

私は闘犬競技には反対の立場ですが、やり方によっては止む無し、とも思っています。
例えば、スイスで発明された【犬用のプラスチック製マウスピース】を装着させれば安全に闘わせる事が出来ます。

人間の娯楽の為に、犬の安全性を無視してはいけないと思います。
闘犬は痛さを我慢する様に躾けられていますので、痛い思いをしても悲鳴などあげません。
鳴いたら負けですからね。
そんなのは可哀相じゃないですか。

犬と言う動物は本来争う事を嫌う習性がありますので、出来る事なら闘犬を作らない様にして欲しいですね。

闘犬は闘うための技が沢山あると言われています。
その技術を観るだけでも十分楽しめると思います。
噛み付き合って血まみれにさせなくても良いではありませんか。

闘えなくなった闘犬は、飼い主から生きる資格なしの烙印を押されて殺されるパターンが多くなるそうですが、それだけは絶対に止めて欲しいです。
もちろん最後まで看取る飼い主もいらっしゃいます。
アメリカでは闘えなくなった犬の性格を変えるための躾が行われるそうですよ。
決して殺すような事はしません。
闘犬処分派の皆様、闘えなくなっても決して殺さないで下さい。
そして全ての闘犬家の皆様、安全な闘犬競技はどうすれば良いのか、ぜひ一度考えてみて下さい。