表彰台の中央で金メダルを首にかけ、笑顔を見せていた金藤理絵は、表彰台を降りて、視線を観客席に向け、チームメイトが大喜びをする姿を見つけると、途端にポロポロと涙を流し始めた。

「チームメイトや日本人だけでなく、ほとんどの人が国に関係なく祝福の声をかけてくれて。そういうことが今までなかったので、本当にうれしいなと思いました。それに初めて表彰台の上で自分だけの『君が代』を聞くことができて、ちょっと涙が出そうになったんですが、その時は出なくて......。そのぶん最後の最後に、チームのみんなが喜んでくれているのを見て、全部出てしまったという感じです」

 8月11日の競泳・女子200m平泳ぎ決勝。タッチ板に手を付いて電光掲示板を見上げた時、金藤は複雑な気持ちになったという。

「信じられなかったというか、タイム自体は2分20秒30と平凡で、自分のベストより0秒6も落ちたタイムだったので、こんな記録で優勝していいのかなと思って......。表示された自分のタイムと順位を見て『ホントに一番なのかな?』と思っていたんです。だからうれしい気持ちと悔しい気持ちがあって、自分でもよく分からなかったんです」

 しかし、そんな複雑な気持ちも、チームメイトが喜ぶ姿を見ると一瞬で吹き飛んだのだった。

 前日の予選と準決勝は不安が残る出来だった。予選は2分22秒86で、加藤健志コーチが「2分20秒台を出して他の選手にプレッシャーを与えておきたい」と目論んだ準決勝も、テーラー・マキオン(オーストラリア)に次ぐ2位通過の2分22秒11にとどまった。

 加藤コーチはこう振り返る。

「準決勝は、キックがかかっていなくてダメだったんです。普通の試合間隔だと準決勝では予選の泳ぎを体が覚えているんですが、今回は9時間も開いたので、それがなくなっていました。『大きく、速く、強く』というのがガクッと崩れてしまったから、決勝前のウォーミングアップはいつもなら1000mのところを、3000mやらせたんです。最後にこれではダメだと思って25mを思い切り行かせたら、やっとキックが効くようになったんです」

 決勝レースの作戦も、「落ち着いてスタートして50mまではだんだん上げていき、その後は思い切り行け」というものだった。

 そんな指示を受けた決勝の泳ぎも、日本記録(2分19秒65)を出した4月の全日本選手権の時のようなキレがあるものではなく、伸び方にも物足りなさを感じた。

 しかし、100mをターンしたあたりから泳ぎに力強さが出てきて、最後のターンのあとはジワジワと差を広げ始める態勢になり、勝利を確信させた。

 結局レースは、金藤が2位のエフィモワを1秒67突き放す圧勝だった。

「いつもは自分で練習メニューも作っていたけど、決勝の前のウォーミングアップは加藤コーチが出してくれたので、それを信じてやろうと思って取り組みました。去年の私なら多分、そうなったら絶対に不満を持ちながらやっていたと思うので、そこがこの1年間で成長したところだと思います」

 こう言って笑う金藤だが、これまでは期待されながらも結果を出せずに過ごしてきている。

 2008年北京五輪に初出場して7位になり、高速水着時代だった09年には日本記録を3度更新していた。しかし、10年に椎間板ヘルニアになってからは低迷し、12年ロンドン五輪では、年下の鈴木聡美や渡部香生子に代表の座を奪われた。そして13年世界選手権でメダルを逃す4位になったときは、レース終了後のミックスゾーンで、引退まで口にしていた。

 それでも加藤コーチに説得されて現役を続行したが、力をつけてエースとなってきた渡部にはなかなか勝てなかった。そして昨年8月の世界選手権では、渡部が優勝してリオ五輪代表内定を決めたレースで6位。3位が3人同着という、表彰台に5人が上がる珍しい光景の中に、参加することもできなかったのだ。

 金藤はここがターニングポイントになったという。

「順位やタイムより、消極的なレースをしたことが悔しかった。もしあの時、下手にメダルを獲っていたら、今の自分は絶対になかったと思います。本当にあの時の結果でスイッチが入りました」

 ここから、加藤コーチの指導で厳しい練習に再び取り組んだ。それまでの持ち味だった、持久力を前面に出した大きな泳ぎのスタイルを、前半からスピードを上げるスタイルに変更。この成果が今年2月にオーストラリアで行なわれた3カ国対抗での、日本記録樹立につながった。そして4月の日本選手権ではその記録を2分19秒65にまで伸ばし、リオの金メダルを視野に入れるまでになっていた。

「19秒台を出して金メダル候補になったと言われることが、プレッシャーにならなかったといったら嘘になります。でもそういう期待は全員が全員されるわけではないと思うし。『やっと期待されるような選手になれたんだ』と思って、この4カ月間をやってきました」

 金藤は記録だけではなく精神的にも成長し、心身ともに金メダリストになりうる準備が整っていた。

 そんな金藤の成長をすぐ近くで見ていた加藤コーチは、「あいつはずっと、鈴木や渡部には勝てないものと思い込んでいたんです。本当にわがままで、勝ちたいという気持ちを持っていないし、勝てるとも思わないような子が、よく五輪で金メダルを獲ってくれたと思います」という。金藤が「決勝直前に加藤コーチが何か言ってくれたのかもしれないけど、聞き流しました」というような、ほかの師弟関係とは少し違う選手とコーチの関係なのだ。

 だが最後のレースを前に信頼したのは、10年間も指導を受け続けた加藤コーチの考えたウォーミングアップ法だった。わがままを言い、「嫌だ」といってへそを曲げることもしょっちゅうある。それもまた、互いに信頼しあっている証だ。

折山淑美●取材・文 text by Oriyama Toshimi