筆者は韓国に住んで28年になる。その体験とか経験の中で、主に「言葉」にまつわるエピソードを中心にこのコラムを書いていくつもりだ。今回はその第1回目として「氏」と「さん」というテーマで書いてみたい。写真は韓国。

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筆者は韓国に住んで28年になる。その体験とか経験の中で、主に「言葉」にまつわるエピソードを中心にこのコラムを書いていくつもりだ。今回はその第1回目として「氏」と「さん」というテーマで書いてみたい。

姓名に「氏」をつけて「佐藤氏」あるいは「佐藤太郎氏」という表記は日本で一般的に見られる表記である。韓国でもこの「氏」を同じように使う。「キム・ソンチョル氏」といった具合。韓国語の発音も同じ「シ」だ。ちょっと違うのは、韓国の場合このスタイルが直接人を呼ぶときにも使える点。「キム・ソンチョルシ、イリオセヨ」(キム・ソンチョルさん、こちらに来てください)という具合だ。

ただ一般的に目下の者が目上の者に対して呼び掛けるときには、「シ」はちょっと使いづらい。課長などの呼称があれば「キムソンチョルクァジャンニム」(キムソンチョル課長さん)のように呼称を付けて呼び掛けることになろう。呼称がなく単なる先輩などの場合は「キムソンベニム」つまり「キム先輩様」という呼び方になろうか。

ニュースなどでは凶悪犯であっても「キム・モ・シ」という表現がよく出てくる。これは「キム某氏」という意味で、凶悪犯であっても韓国の場合はこのように「氏」付けで言われる。日本だったら当然呼び捨てだ。凶悪犯に対する呼び方としては日本の方が実情・実感に合っていると言えよう。「キム・モ・シ」などと言われると、なんとなくそれほど悪い人間じゃないようなニュアンスになってしまうではないか。何十人にも婦女暴行を働いて揚げ句の果て、全て殺害するような犯人なのに。

この「氏」に対して「さん」という言葉は、日本語の中でも非常に「イケテル」言葉だと筆者は思う。どんな人に対しても「さん」一つあれば済む。「キムさん」「マイケルさん」「みえさん」といった具合だ。首相に対しても「安倍さん」と言ってなんら失礼ではない。日本語の中でもイチオシの言葉だ。

こういうイチオシの日本語としてすぐ思いつくのは、「木漏れ日」、「洗濯日和」の「ひより」、「住み心地」などの「ここち」などなど。挙げていけば切りがないが、全体的に日本語の場合はこういう「感性的」な言葉たちが多い。こういった言葉たちは、韓国語ではダイレクトに翻訳できる言葉はなく、「木の間を通ってくる光」などのように説明的な語で表現することになる。

韓国語のイチオシの言葉も考えれば無数にあるが、すぐ思いつくのは「ハクセン」であろうか。「ハクセン」というのは「学生」を指す韓国語であるが、この「ハクセン」、私が道を歩いていてちょっとものを聞きたいとき、小学生だろうが大学生だろうが、「チョ、ハクセン」(そこの学生さん)と呼び掛けるのに使える。日本語だったら小学生を前に「学生さん」というのはおかしいし、かといって他に思い当たる言葉もない。たぶん「ちょっとすいませんね」などと言いながら近づいていくことになるはずだ。この点、「ハクセン」はこれだけで呼び掛けの言葉にもなるため、非常に便利なのである。使い勝手がいいというか。私の愛する韓国語の一つである。

■筆者プロフィール:木口政樹
イザベラ・バードが理想郷と呼んだ山形県米沢市出身。1988年渡韓し慶州の女性と結婚。三星(サムスン)人力開発院日本語科教授を経て白石大学校教授(2002年〜現在)。趣味はサッカーボールのリフティング、クラシックギター、山歩きなど。