手倉森監督にとって初めての世界大会となったリオ五輪。「『どんとこい』の気持ちでやれたのが良かったかな」と振り返った。写真:JMPA/小倉直樹

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 リオ五輪のグループリーグ敗退が決定したスウェーデン戦の翌日、現地8月11日に手倉森監督が取材に応じた。「一晩経って落ち着きましたか」との記者の質問に、指揮官は開口一番、こう答えた。
 
「落ち着いたんですかね……。朝起きて練習がなかったので、改めて大会が終わったなという気持ちに浸りながら、休めるなという気持ちにも浸りながらいました」
 
 試合後はスタッフ陣と親睦会を開き、「スタッフと飲んで、6時くらいまで起きていましたね。9時には荷出しをしていたから、3時間くらいしか寝ていません」。その親睦会には、何人かの選手も顔を出したという。
 
「いろんなことを話しましたよ。選手もいたりしていて。話したこと? まあ『ありがとう』ばかりでしたね」
 
 オリンピックはどういった経験になりましたか? と話を振ると、指揮官はこう答えた。
 
「世界を体感できた。世界大会は傍から見ていた時に、手の届かないというか、どういうふうに自分が振る舞えるのか想像つかない場所だと思っていたけど、実際にやってみたら『どんとこい』の気持ちでやれたのが良かったかなと。良い大会にできました」
 
 決勝トーナメント進出は果たせなかったものの、負け→引き分け→勝利と右肩上がりに調子を上げたチームの出来に手応えも得ていた。具体的には、攻撃面での急成長を感じたという。
 
「攻撃を仕掛けられるなと思いました。アジアの時はロングボールでやられるのが嫌だから、相手に持たせて堅守速攻で勝ち取りましたが、ナイジェリアでその入り方をして痛い目にあった。なので前から取りに行って、そこからのショートカウンター気味、もしくはポゼッションをやろうとしてできたのは、俺の中での変化でしたね。だから、日本が使い分けができる準備をできるようになれば、国際試合は厳しいですが、サッカーの幅を持った国になれるかなと思いますね」
 
 監督として大きな経験になったというオリンピックは、もちろん選手たちの成長も加速させていたようだ。
 
「改めてサッカーのクオリティとか、いろんなタイプの国と戦ってみて楽しさはありました。試合をするたびに磨かれていくのもなんとなく感じていたし、選手が変わっていくのも手に取るように分かった。ものすごく良い集団と仕事ができたのを改めて感じました」
 そのうえで、選手たちには上を見て切磋琢磨を続け、A代表の主力になって欲しいという。
 
「トップトップのところをいつも頭において、日本のサッカーを担う一員になるという覚悟でやってもらわなければ困る。オリンピックに出て満足するのではなく、上の選手と口に出して競争するくらいの立場だと理解してほしいですね。この世代の選手は、ゲームコントロールとか察知力はものすごく高まった。相手の心理や意図を読む癖が高まって、上手くゲームを運べるようになってきたなというところが、俺はワクワクした。戦術に対する柔軟性も高いし、みんなでやるところの協調性はものすごく高まったかなと」
 
 ただし、日本サッカー全体が抱える課題も忘れていない。今大会で日本はナイジェリアの身体能力に面食らい、大事な初戦でまさかの5失点を喫した。この失敗を、手倉森監督は「ビビった」と分析する。
 
「ハッキリ言って、初戦はアフリカ人(の身体能力)に『ビビった』みたいなところがありましたからね。育成年代で言えば世界大会に出ることもひとつですが、世界大会に出るために世界と試合をしておくのも大事。近年は日本にいろんな国を呼んで、U-16世代とかも試合をするようになっていますから、それはやり続けなければいけない。あれがアフリカのスタイル、これが中南米、これがアジアだというの刷り込んでおいて、日本のなかにある柔軟性が研ぎ澄まされてくれば、いよいよ世界と対抗できるかなと、そんな感じを受けました」
 
 日本は6大会連続で五輪出場を果たす一方、下の年代=U-20ワールドカップ出場を09年から4大会連続で逃している。そのために、対世界の経験が乏しく、五輪本番でも上手く対応できなかった、という分析は間違っていない。
 
 この課題を日本協会はどう見るのか。来るべき2020年の東京五輪に備える意味でも、迅速な対応が求められる。