『魔獣調教師ツカイ・J・マクラウドの事件録 獣の王はかく語りき』(綾里けいし/KADOKAWA)

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 有史以前から人間と動物の関係は続いてきた。ときに良き隣人として、ときに狩りの獲物として、あるいは自然の脅威や信仰の対象として。そしていつの頃か、人間の欲望が動物を支配した。従順な草食動物を柵の中で肥え太らせて家畜とし、凶暴な肉食獣ですら檻に閉じこめて見世物とした。しかしそれは人間の社会が動物に依存し始めたことに他ならない。ひとたび人間と獣の関係が崩れたとき、我々の社会はどうなってしまうのか。

 そのひとつの寓話になるのが、『魔獣調教師ツカイ・J・マクラウドの事件録 獣の王はかく語りき』(綾里けいし/KADOKAWA)だ。セイレーンにマーメイド、フェアリー、ケンタウロス……、想像上の生き物が存在する世界で、魔獣調教師を生業とする仮面の男と、淫美で醜悪な魔獣たちが織りなす幻想怪奇譚だ。

 「新大陸」で発見された身体に“人”に酷似した部位を持つ異形の獣、“魔獣”。その繁殖に成功した「帝国」では、魔獣の飼育が富裕層に流行していた。愛好家のなかには魔獣に歪んだ愛をむける者も多くいた。曰く、雌の魔獣の体臭は女の淫臭と似ている。上質な毛皮と柔らかな乳房に顔を寄せれば夢見心地を味わえ、魔獣との性交はこの世のものとは思えぬ快楽を味わえるという。魔獣との背徳的行為に溺れた者たちの破廉恥な醜聞がゴシップ誌を日毎に賑わせ、「魔獣は人を狂わせる」という噂が囁かれていた。

 青年医師上代ウツギは、ある魔獣愛好家の集う倶楽部にて魔獣調教師ツカイ・J・マクラウドと出会う。魔獣調教師とは、本来危険な魔獣を人間に従うよう訓練を施し、顧客の望みに応じた魔獣を提供する専門家だ。シルクハットを被り、黒い背広を着こなす美丈夫の紳士ながらも仮面をつけたツカイとウツギは友誼を結ぶ。宴のさなか、招待客の一人が謎の死を遂げる。警察の捜査が進むうちに殺人容疑をかけられたツカイだが、人知を超えた魔獣の能力を用いた殺人トリックを鮮やかに解き明かす。その後もツカイとウツギが次々に遭遇する奇想天外な魔獣事件の謎解きに引き込まれる。

 最高峰の調教師であった故ゴヴァン卿の後継者として、卓越した調教術と美しい魔獣を生み出すツカイは、次第に貴族社会で賞賛と崇敬を集め、やがて【獣の王】と呼ばれるようになる。その二つ名に相応しく、ツカイは決して愛情や慈悲を魔獣に与えず、「王」として魔獣を「奴隷」のように扱う姿勢を崩さない。なぜならそれが踏み越えてはならない人間と魔獣の関係だからだ。ウツギは事件を通じて、道を踏み外した人間と魔獣の姿を目の当たりにしていく。魔獣にすべてを捧げて破滅していく飼い主。本来の生態を歪められ無残な最後を迎える魔獣。そんな悪趣味でありながら香しい誘惑と甘やかな狂気に満ちた光景が理性を蕩けさせ、思わず心を奪われる。

 魔獣調教師として名声を高めていくツカイだが、師であるゴヴァン卿を殺し、その娘を追い出したという黒い噂がつきまとっていた。凄惨な魔獣事件に巻き込まれてきたウツギも、「ツカイもまた人殺しではないのか」という疑惑を抱く。敵対者には容赦無く制裁を与えるツカイの危険性を承知しながらも、ウツギは好奇心からツカイの抱える闇に迫っていく。物語を読み進めていくうちに明らかになるツカイの裏の顔に誰もが畏怖と驚愕を覚えることだろう。

 ツカイ・J・マクラウドは、獣を従える気高き王か、それとも獣を操る残忍な悪魔か。真実が明かされたとき、ウツギはツカイの友でいられるのか、それとも彼の罪を裁く敵となるのか。ふたりの関係性にも興味が尽きない。

 人間は誰しも欲望という名の獣を飼っている。そして人間もまた動物であることを忘れてはならない。この作品に登場するツカイやウツギ、狂人たち、魔獣たちは、まさしく我々の内なる姿を映し出した鏡なのかもしれない。

文=愛咲優詩