五輪連覇を狙う絶対王者・内村航平の個人総合の演技は順調そのものだった。最初のゆかは、最後の着地をピタリと決めて15.766点と高得点でスタート。続くあん馬は14.900点を獲得し、3種目目のつり輪も着地をしっかり決めるとガッツポーズが自然と出ていた。得点は2日前の団体戦より少し低い点だったが、前半をミスなく終えたことで緊張が滲んでいた顔にも、やっと笑みが浮かんだ。

 ただ、内村以上にいいスタートを切っていたのは、予選の個人総合でトップに立っていた22歳のオレグ・ベルニャエフ(ウクライナ)だった。ゆか、あん馬、つり輪の前半が終わったところで、内村に0.471差をつけて暫定トップに立った。

 内村は次の4種目目の跳馬で、完璧な演技をして、全体1位の15.566点を出したが、ベルニャエフも15.500点を出して、差を僅かに詰まったが1位は譲らず。そしてベルニャエフは、グループ1番手で演技をした得意な平行棒で、Dスコア(難度点)7.1点の高難度の構成で16.100点を出し、突き放しにかかった。

「オレグの得点は見ないようにしていたけど、場内アナウンスで聞こえてくるので何となく計算してしまい、平行棒では『自分も同じように16点以上を出さなければ最後の鉄棒で追いつけなくなる』と思って点数を意識してしまった」

 内村はそう振り返ったが、演技そのものは丁寧なものだった。だが着地で一歩前に動いてしまい、15.600点にとどまり、合計では0.901点差まで開いた。致命的な得点差に思えたし、見ている人たちにも「負けるかもしれない」という不安がよぎった。

 そんな追い詰められた状況の中、内村は最終演技者のベルニャエフの前の5番手で鉄棒に向かい、4度の離れ技をしっかり決めると、着地もピタリと決め、笑顔とガッツポーズが出た。得点は15.800点。合計を92.365点にして、ベルニャエフの演技を待つだけになった。

 それでも状況は厳しかった。最終演技者のベルニャエフがトップに立つために必要な得点は14・899点。彼は予選の鉄棒で、15・133点を出していて、普通にやれば逃げ切れる計算だった。

「鉄棒に関して、五輪前に高い難度の構成は練習していなかったし、この演技で勝負すると決めていたので。点差はわかっていたけど、自分の演技をすれば結果がついてくるという気持ちでいました。だからやる前は、いつも通りにやることと着地を決めることしか考えてなかった。そういう気持ちを貫くことは、今までで一番できた試合だったと思います」

 ベルニャエフの鉄棒は、Dスコア6.5点の構成だった。それをミス無くこなしたが、最後の着地では大きく一歩動いてしまった。結局彼の得点は14.800点で、合計では92.266点で内村を上回れず、内村の連覇が決まった。

 その瞬間、場内は歓声とともに、両者が死力を尽くした勝負をしたことを分かっていたからこそ、大きなため息も漏れた。

「ずっと団体で金メダルを獲ることを目標にしていたので、団体の後は少し気持ちが切れそうになったけれど、それでも頑張って気持ちを盛り上げていたから、今日は1種目も緩まなかったですね。いい試合ができていたからこそ負けても悔いはないと思っていたし。僕の中では展開的にも負けたかなと思っていたから、勝ちが決まった時は、ただただ『よかったな』と思っただけです。団体の時はうれしかったけど、今日は『やりきった!』というか、ホッとした気持ちの方が強いですね」

 終わった瞬間は「もう2度と個人総合はやりたくないな」と思ったと言って内村は苦笑いした。

「僕はあん馬とつり輪では14点台しか取れないけど、オレグは全種目で15点台を取れるうえに16点台を取れる種目を持っている強い選手。今回は勝てたけど、これから世界大会で彼と戦っても勝てる気はしない」

 そう続けて周囲の笑いを誘った。

 その言葉を聞いたベルニャエフは、「航平さんはそう言うが、彼は自分の能力を信じている。だから、僕はこれからも一緒に競技をしたい。彼は世界で一番クールな人間だと思うし、これまでの獲得メダルの数からみればもう伝説になっている人」と、個人総合の続行を希望する。

 そんな内村は記者会見で外国人記者から「マイケル・フェルプスやウサイン・ボルトと同じくらいの存在になった感想は?」という質問を向けられると、こう答えた。

「僕の中では体操はまだそんなに有名ではないのかなと思っているので。フェルプス選手やボルト選手の名前は世界中誰に聞いてもわかるけど、内村といったら『誰だ、それは』となると思います。でも今回の五輪の個人総合で白熱した試合を見せられたと思うから、これをきっかけにして、彼らに負けないようにというか、自分の名前というよりは体操という競技をもっと広められたらいいと思います」

 09年世界選手権以来、王者であり続ける内村は、自分が体操の世界をさらに進化させてきたという自負も持っている。だからこそ、より多くの人にこの競技が持っている魅力を知ってもらいたいと思うのだ。20年東京五輪への挑戦も明言した彼の、東京へ向けた戦いには、「体操をもっと知ってもらいたい」という願いも付け加えられ、新たなスタートを切る。

折山淑美●取材・文 text by Oriyama Toshimi