試合後、最後のロッカールームでは涙を流して選手たちにメッセージを送ったという手倉森監督。その涙は選手たちにも意外だったようだ。写真:JMPA/小倉直樹

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[リオ五輪グループリーグ第3戦]日本1-0スウェーデン/現地8月10日/アレーナ・フォンチ・ノーバ
 
 手倉森誠という男は、敗戦という厳しい現実を突きつけられても、最後まで選手たちを思いやり、日本サッカーの将来を考え、ポジティブ志向を貫くいつものスタイルだった。ただひとつ、フラッシュインタビューで目を赤く潤ませ、ロッカールームで“男泣き”した以外は――。
 
 指揮官は試合後、手倉森ジャパン最後となるロッカールームで、選手たちにこんなメッセージを送ったという。
 
「長い間、付き合ってくれてありがとう。お疲れさん。決勝トーナメントに進めなかった事実は受け入れがたいし、悔しい想いもある。でも、おかしなものでみんなには勝って(大会を)終わらせてもらった。本当にドラマティックなチームであったけど、勝って世界大会を去るという一風変わった“ドラマ”が手倉森ジャパンらしいな」
 
 右足かかとの痛みをおしてスタメン出場した浅野拓磨は、「テグさんが涙を流すとは思っていなかった」と明かす。しかし、監督のその姿を見て、いかに自分たちと共に全身全霊を懸けて戦ってくれていたのか、改めて感じたと言葉を続ける。
 
「一番悔しがっていたのはテグさんかなと。僕ら(選手も)もちろん悔しいですけど、選手よりもいろんなものを背負って、国民のため、そして選手のためにいろんなことをしてくれていたので。涙を流すほど本当に悔しいんだなと思ったし、僕らと一緒に全力を出して戦ってくれていたんだなと改めて感じました。だからこそテグさんのためにメダルを獲らせてあげたかった」
 
 その他にも、手倉森監督はチームの可能性や選手たちの今後について触れた話もしていたようである。
 
「上に行ったら、必ず何か起こせたチームだと思っている。そのチャンスが他の試合の結果で転がってしまったのが、すごく悲しいと言っていました」(室屋成の証言)
 
「涙しながら途中言葉を詰まらせて、本当に良いチームだったと話していました」(鈴木武蔵の証言)
 
「ここからどんどんA代表に入って行こうと言っていました」(浅野の証言)
 
 普段は軽妙なトークとテンポで取材に応じる指揮官も「話しているあいだにいつもより間があった」(原川力)。選手同様、いろんな感情が渦巻くなかで、思わずエモーショナルに、涙がこぼれ出したのだろう。
 
 だが、その“人間らしさ”こそが手倉森ジャパン最大の特長である一体感を生み、「谷間の世代」と言われた選手たちをオリンピックの舞台へと引き上げる一因となったのは言うまでもない。
 
 この夏、世界的ビッグクラブのアーセナルへと羽ばたいた浅野は、チーム立ち上げからの約2年半を次のように振り返る。
 
「(この2年半は)僕のサッカー人生の中でも本当に大きなものです。教えてもらったことはたくさんありますけど、やっぱり『チームの一体感』の大事さはテグさんが一番僕らに与えてくれたものなのかなと。今日勝っても喜べなくて、チームにもう先がない状態でも、常に前を向いて次に、と涙を流しながらも僕らに声をかけてくれて本当にありがたいですよね」
 
「僕らもここで終わりじゃなくて、テグさんに恩返しする意味でも、今後活躍している姿を見せなければいけない。『この五輪があったからこそ、今の自分がいる』と胸を張って言えるように。テグさんのためにも、これからどんどん上を目指して頑張っていきたい」
 
 リオ五輪はグループリーグ敗退に終わったが、“手倉森イズム”を注入されたこの世代がこれからのA代表、そして日本サッカーの中心を担っていくのは間違いない。田嶋幸三会長は、8月31日で五輪監督の契約を満了する手倉森監督にA代表の指導に携わってほしい意向を持っている。日本のトップカテゴリーで、彼らが再会する。それもまた、手倉森ジャパンらしいドラマティックな展開ではなかろうか。
 
取材・文:小田智史(サッカーダイジェスト特派)