映画監督・平野勝之「暮らしのアナログ物語」【1】フィルムで撮る写真

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100年もつフィルム写真の世界

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写真はすっかりデジタルになりました。つまり電気信号の「画像」。スマホで簡単に高度な写真が撮れる時代になりました。確かに便利だしパソコンなどで加工から送信まで自由自在です。これはこれで大いに結構。しかし、ふっと疑問に思う。写真というのは年月を得た時に最も価値が出てくるのだから。デジタルの「画像」は、20年後、または50年後、どうなっているでしょう?

フィルムの「写真」は100年もつことが実証されています。

デジタルの「画像」はプリントも含め残っているでしょうか?
データを再生する機材は残っているでしょうか?

だから僕は大切な瞬間、これは残したい、と思うものだけは今でもフィルムで記録しています。

 

本当の写真家は一般の家族である

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写真の本質は何か?

年月が経てば経つほど価値が増してくる事だと思っています。

一番わかりやすいのは家族写真。

二度と戻って来ない瞬間が記録されています。家族写真じゃなくても、その時は無価値だと思った写真でも、30年後になったらどうでしょう? 想像してみてほしい。背後に写っている建物はまだあるでしょうか? その時に着ていた服はまだ持っているでしょうか? 30年経ったら、その写真は俄然、光を放ち始める。

これが「写真」です。

そして、そういう事が最も威力を発揮する写真は、子供写真なんだと思います。だから写真の本質を最も純粋に使いこなしているのは、写真家でも報道でもなく、ごく一般の家庭の人たちなのです。

1964年の写真、2008年の写真

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手前味噌で申し訳ないけど、上の写真は、うちのガキが産まれた時のものです。母親がデジタルでマメに撮っていたので、自分はフィルムで残しておこうと思いました。それだけではなく、自分が産まれた時のモノクロの写真が、歳を取るにつれ凄く良く見えてきたのを知っていたからです。

 


だから、モノクロで同じように撮影して残そうと思いました。左が昭和39年、1964年の自分。右が平成20年、2008年の自分の子供です。年代差44年。あまり年代の差は感じられません。果たしてシャープすぎるデジタルで、この感じは出るでしょうか? 火事などがない限り、物理的なネガと紙焼き写真は長く残ってくれるでしょう。

大切な事だけはフィルム写真で

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僕の知人に、子猫を大層かわいがり、小さい頃からデジカメで記録を残していた人がいました。しかし、ある日、膨大な画像を保存していたパソコンがクラッシュ、復旧には20万円もかかるらしく、知人は泣く泣く画像をあきらめました。しかし、たまたま僕が撮影した子猫のフィルムが数本残っていたため、知人にフィルムを差し上げて、ずいぶん喜ばれました。デジタルは未知で、今後、保存の事なども進化していくかもしれません。

しかしフィルム写真は1か0かのブロックではなく、粒子という曖昧な世界です。やはりフィルム写真は記憶という曖昧な世界と相性が合うのかもしれません。だから大切な事だけはフィルムで撮るのをお勧めしたいと思うのです。

 

(文・写真/平野勝之)

ひらのかつゆき/映画監督、作家

1964年生まれ。16歳『ある事件簿』でマンガ家デビュー。18歳から自主映画制作を始める。20歳の時に長編8ミリ映画『狂った触覚』で1985年度ぴあフィルムフェスティバル」初入選以降、3年連続入選。AV監督としても話題作を手掛ける。代表的な映画監督作品として『監督失格』(2011)『青春100キロ』(2016)など。