中国メディア・今日頭条は5日、「どうして日本人は中国の書法文化を崇拝し学んだのか そして何を学び取ったのか」とする記事を掲載した。(イメージ写真提供:123RF)

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 中国メディア・今日頭条は5日、「どうして日本人は中国の書法文化を崇拝し学んだのか そして何を学び取ったのか」とする記事を掲載した。

 記事は、かなが発明される前の奈良時代、日本人は行書や草書を用い、王羲之といった中国の書法家のスタイルの模倣に努めていたと紹介。それが、平安時代に入って徐々に日本のスタイルが見られるようになり、草仮名が流行した後期には小野道風、藤原佐理、藤原行成の「三跡」によって日本の書法は極めて高いレベルにまで高められ、「中国の書法の風格を脱し、日本文化の独立を象徴」するようになったとした。

 そのうえで、「日本の書道の根っこは中国にあることは間違いない。しかし、日本は古い道を守ってきたのに対し、中国の現代書法家は新しい物を求めたがっている。その結果、伝統的な基本技術を持つ人物が少なくなってしまった」と解説。昔の人は「単に自らの修養や娯楽のために書に勤しんでいたのであり、お金儲けを目的にしていなかったのだ」として、「お金持ちになるために書の世界に入ろう」とする現代の書法家の姿勢を批判した。

 そして「われわれは常々『文化を世界に』と口にし、実際中国の書法は世界に向けて広がった。しかし、現代の書法家は世界に進出することが難しい状況だ。その根本的な原因は、われわれ自身にあるのだ」と論じている。

 「新しい物を生み出す」プロセスには、基本となるもの、既存のものが持つ良さを理解しながら、新しい物を作るケースと、それらを全く踏まえることなく「独創的」な物を作り出すケースとに分けられる。目先の利益に囚われて、先人が積み上げてきた基本を疎かにしていては、いつかはそのメッキが剥がれてくるのだ。(編集担当:今関忠馬)(イメージ写真提供:123RF)