未来館の「ジオ・コスモス」

2016年08月10日
TEXT:片岡義明

日本科学未来館(以下「未来館」)と慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科(以下「慶應SDM」)の神武直彦研究室は、7月31日と8月1日の2日間、同館の魅力向上を考えるハッカソン「未来館の未来をつくる」を開催した。

同イベントは、空間情報技術を使った新しい展示やサービスなどを考えるハッカソンで、エンジニアやデザイナー、サイエンティスト、プランナー、学生など、さまざまな人たちが参加した。また、ハッカソンに先立って、7月18日にはアイデアソンも開催されている。未来館としては、同館の魅力向上を目指したこのようなアイデアソンやハッカソンを開催するのは初めての試みだという。なお、開催にあたっては株式会社パルコ・シティおよび慶應義塾大学の村井純研究室も協力している。

イベントでは、まず、ファシリテーターの慶應SDM准教授の神武直彦氏が、アイデアソンで創出されたアイデアの紹介を行ったあと、参加者それぞれが興味のあるテーマを選び、計5チームに分かれて作品の開発がスタートした。開発に際しては、フィールドワークとして館内や館外を見て歩くだけでなく、空間情報科学を活用した展示「アナグラのうた」のバックヤードや地球ディスプレイ「ジオ・コスモス」の制御室「ジオ・コックピット」を訪れたりと、普段では入れないエリアの見学も行われた。


慶應SDMの神武氏


同じテーマに興味を持つ人が集まってチームを作成


「アナグラのうた」のバックヤード


館内を見学

■人とつながりながら短期間でアイデアを形にできるのが魅力

ハッカソンというとプログラミングスキルを持つエンジニアばかりというイメージもあるが、今回のハッカソンにはプランナーやデザイナーなどの非エンジニアも多く参加するとともに、小学生や中学・高校生なども参加していた。参加者の1人で、Webデザイナーの大原香織さんは、「『未来』と『人』というキーワードに惹かれて参加しました。人とつながりながら短期間でアイデアを形にすることができるのがハッカソンの魅力です」と語る。また、「ジオ・コスモス」のような、球体ディスプレイを使ってどのような表現が可能なのか、といったことにも興味があったという。


「ジオ・コスモス」の見学


開発中の様子

このように、さまざまな立場の人がアイデアを出し合い、開発するアプリや展示物のコンセプトを決めたあとは、館内や館外を歩いて素材を集めたり、アプリのテストを行ったり、作品発表用のプレゼンテーション資料を作ったりと、チームごとに作業を進めていった。開発が終了したのは2日目の15時40分で、そこから各チームによる作品発表が行われた。作品の概要は以下の通り。

(1)「みんなでつくる未来感」(チーム名:SS)
未来館の公式アプリ「Miraikanノート」に、自分が誕生してから今に至るまでの思い出の写真を投稿できる機能を追加し、その写真を「ジオ・コスモス」に映し出す。また、ユーザー1人1人の属性に合った展示を実現するため、データ収集のためのアプリ「ロケNAVI」も開発。同アプリでは、未来館の外にあるものをカメラで映し出すと、それに関連した詳しい情報が未来館の展示で学べることを案内するとともに、館内の展示の内容について、ユーザーの属性に応じた詳しい説明を行う。


「みんなでつくる未来感」

(2)「未来earth」(チーム名:ジオ・コスモスと未来をつくる)
専用アプリを通じて、来館者のスマートフォンに、「10年後の車はどうなってる?」「10年後に人気の職業は?」など、未来に関する質問が送られてきて、来館者が質問に答えることで回答がデータベースに蓄積される。また、質問について議論する場所を未来館の中に設けて、同館の科学コミュニケーターが集合を呼びかけることで、実際に集まって話し合うこともできる。このような議論や、来館者から寄せられた回答をもとに、ジオ・コスモスが未来を映し出し、来訪者は“未来人”と会話できるほか、帰宅後に質問の結果発表をアプリで受信することもできる。


「未来earth」

(3)未来館号GO(チーム名:MIRAIKAN NEXT)
アプリ上で興味のあるジャンル(船)を選択して、範囲(距離)を指定することで施設の候補が表示され、実際にそこに行くと、船に乗って仮想的に未来館を訪問するVRコンテンツを見ることができる。船に乗っている間、いつの間にかロボットになっているというストーリーになっていて、未来館の館内をロボットの視点で見て回り、遠くにいながら未来館の展示を楽しめる。


「未来館号GO」

(4)「ホワ坊」(チーム名:ホワ坊)
未来館の展示を見るために並んでいるときに、待ち時間を楽しく過ごすためのサービス。スマートフォンやタブレットのアプリや、館内のデジタルボードなどに絵を描くと、たとえば動物なら走り回ったり、他に描かれた絵と連携したり、卵を描いて叩くと割れて成長したりと、さまざまな変化・進化が起こる。展示エリアの内容やユーザーの館内の行動によって動きが変化したり、話しかけることで成長が変わったり、動きだけでなく音や光が変化したりするほか、描いた絵をシェアしたり持ち帰ったり、その場に残しておいたりすることもできる。


「ホワ坊」

(5)「水兵リーベ 僕の船」(チーム名:NES+)
来館者1人1人に元素を割り当てて、それをもとにほかの来館者とのコミュニケーションを発生させるサービス。元素については、常設展チケットのQRコードを活用して1人1人にランダムで元素記号を割り当てるか、または公式アプリ「Miraikanノート」上で入力した属性をもとに決定する。来館者に配布するのは、世の中に多く存在する元素で、館内には希少な元素を配置する。その上で、一緒に訪れた友人との化学変化や、館内に配置された元素との“化学変化”を楽しめる。“化学変化”は、ビーコンや位置情報を用いた他者との近接判定を行い、接近した両者が化学反応が起こる元素同士なのかどうかを判定して行う。


「水兵リーベ 僕の船」

審査員は、未来館・展示企画開発課の瀬口慎人氏、慶應SDMの中島円氏、株式会社パルコ・シティの川瀬賢二氏の3人。審査の結果、革新的な作品に贈られる「イノベーション賞」を受賞したのは「未来earth」、空間情報を有効に活用した作品に贈られる「空間情報テクノロジー活用賞」には、「未来館号GO」、実現可能性の高い作品に贈られる「リアリティ賞」には「ホワ坊」と「水兵リーベ 僕の船」、ジオ・コスモスに関連した作品に贈られる「ジオ・コスモスの未来賞」には「みんなでつくる未来感」が選ばれた。さらに、今回の参加者全員の投票が最も多い作品に贈られる「総合賞(未来館の未来賞)」は「未来館号GO」が獲得した。

未来館・展示企画開発課の小澤氏は講評として、「設立当初から未来館は『ハコではない』とよく言っていて、もっと色んなところに出て行きたいという思いがあります。『未来館号GO』があれば日本だけでなく世界中に出て行けるということで、すばらしいアイデアだと思いました。未来館が外に散っていって、そこからまた結集する、そのような場に未来館がなっていければいいと思います」と語った。


日本科学未来館の小澤氏

また、神武氏は今回のイベントについて、「これからデータ駆動型社会がやってくると言われていますが、現状、データやサービスを提供する立場とそれを利用する立場が明確に分かれていることが多く、ダイナミックなイノベーションが起きにくい状況です。それに対し、立場を超えて誰もがデータやサービスを提供し、利用することができるようになれば、データ循環が活性化され、イノベーションが起きるはずだと考えており、そのひとつのきっかけにできればと思い、その思いを共有している日本未来館の皆さんと進めてきました。実施にあたっては、システム思考とデザイン思考を組み合わせた思考プロセスも適用し、そういう意味では、多様な成果を生み出すことができたのではないかと考えています」とコメントした。

同館と慶應SDMは今後もこのようなイベントの開催や共同研究を推進していく予定だ。「次の機会には、また違った未来館の側面を参加者に見てもらいたいと思います」(小澤氏)とのことで、次回はどのようなイベントになるか楽しみだ。

日本科学未来館
URL:http://www.miraikan.jst.go.jp/
「未来館の未来をつくる」参加募集サイト
URL:http://www.miraikan.jst.go.jp/event/1606161620116.html
2016/08/10