最終戦後、選手たちは立ち尽くし、しゃがみ込んで涙を見せている者もいた。

「金メダル」という目標を掲げ、5年間走り続けてきた「サクラセブンズ」こと女子7人制ラグビー日本代表は、8月6日からのリオデジャネイロ五輪の3日間の日程を終え、12チーム中10位という結果で幕を下ろした。

 大会初日はカナダに0−45、イギリスに0−40といずれも大敗。迎えた2日目の予選プール3試合目は、大勝すればわずかにベスト8進出の可能性を残すなかで開催国のブラジルと対戦した。試合は桑井亜乃と山口真理恵がトライを挙げたものの、10−26で3敗目を喫す。この時点で日本のメダル獲得の可能性は消滅し、全体11位で「9〜12位決定トーナメント」に回った。

 2日目の午後から行なわれた「9〜12位決定トーナメント」では、全体10位のケニアと対戦。山口のインターセプトからのトライで先制すると、持ち前のテンポの速い攻撃で相手を圧倒し、24−0で待望のオリンピック初勝利を挙げた。「ようやく勝つことができた。大きな1勝だと思います」。ケニア戦後、浅見敬子ヘッドコーチ(HC)は胸をなで下ろした。

 迎えた大会3日目、日本は「9、10位決定戦」でふたたびブラジルと対戦。この試合、実は順位を決める意味合いだけでなく、世界を転戦する国際大会「ワールドシリーズ」での来シーズンのコアチーム(全大会に優先的に出場できるチーム)残留もかけた大事な試合だった。2020年の東京五輪まで継続的に世界の強豪と対戦していくためには、何としてもコアチームに残っておかなければならない。

 だが、結果は5−33でまたも敗戦。日本は大黒田裕芽のトライで先制するものの、接点でプレッシャーを受けてしまい、後ろのスペースに蹴られて快足ランナーに走られるという展開についていくことができず、計5トライを献上した。「やっぱりブレイクダウンで圧倒されてしまった。大きな反省点ですね。プレッシャーをかけてくるとわかっていたのですが、それでも対応できなかった。私たちは崩れだしたら、弱いです」と、中村知春キャプテンは肩を落とした。

 3日間で1勝4敗、最終順位は10位――。オリンピックで金メダルを獲得するために2012年から強化を続けてきたサクラセブンズの長い旅は、ひと区切りを迎えた。

 リオ五輪での戦いを振り返ると、予選プールでは3試合とも先制することができず、波に乗れなかったことが痛かった。この点に関して中村キャプテンは、「(相手に)のまれてしまいました。ワールドシリーズでも同じ負け方をしていますが、ひとつ歯車が狂うと、どん底まで行ってしまう。オリンピックという歯車がひとつ増えたのに、調整できなかった」と言えば、大学3年生の小出深冬は、「緊張感を楽しんでやろうとしたが、初の舞台でプレッシャーを感じて硬くなったところもあった」と振り返った。

 銅メダルを獲得したカナダ、4位に入ったイギリス、そして9位のブラジルにまで接点でプレッシャーをかけられ、日本のテンポの速い攻撃は封じられた。さらにターンオーバーから走られての失点も目立っていた。「フィジカルファイトのところで、ファイトする前に寄りたかったのですが......。自分たちの課題で、自分たちに負けた」(浅見HC)

 浅見HCが語る、その課題とは――。

 日本はこの5年間、世界と対等に戦うためのフィジカルやスピードを鍛えるため、千葉・勝浦の砂浜で練習をしたり、ボールを持たない合宿を行なったり、さらに自衛隊でもトレーニングを敢行した。ただ、それでもまだ、世界と戦うレベルには十分ではなかった。

 男子だけでなく、女子の世界でも7人制ラグビーのアスリート化は急速に進んでいる。金メダルを獲得したオーストラリアの選手たちは強くて速く、倒れてもすぐに立ち上がり、決勝戦の試合中もフィットネスはほとんど落ちなかった。

 中村キャプテンも、日本の課題や弱点は十分に承知している。

「(世界との差は)完全にフィジカルな部分だと思いました。ただ、『(フィジカルは)持って生まれてきたもの』と言っていたら、日本人は絶対勝てないじゃないですか。オリンピックに出場したからこそ、柔道など他の競技から学ぶ部分もある。日本人の強さは這い上がる強さだと思います。急には強くはならないので、常に強くあり続けないといけないし、そういうチームでないと勝てない。日本の根底にあるテンポの速さを蔑(ないがし)ろにしないで、フィジカルな部分とスピードを鍛えていきたい」

 浅見HCも、「身体作りをやってこなかったら、もっとケガ人が出ていたと思います。4〜5年間かけてやってきたことは間違いなかった」とリオ五輪を振り返った。また、4年後の東京五輪に向けては、「ブラジル戦を見てもわかるように、もっと身体作りをしないといけない。また、身長の大きな選手などを発掘しないといけない」と言及した。個々のレベルを磨きつつ、新たな個も見つけないといけないと語る。

 最後に、バスケットボールから転向して7年目の中村キャプテンにとって、「初のオリンピック」はどんな大会だったのか――。

「キャプテンとして実力を出させてあげられなかったし、自分も出せなかった。それが一番悔やまれますが、それも含めてオリンピックですね。また、『オリンピックは楽しかった』と言わないと、2020年を目標としてくれる選手がいなくなってしまう。だから、『楽しかった!』と言って日本に帰りたい」

 このときばかりは、笑顔を見せた。

 リオ五輪は終わったが、中村キャプテンを筆頭に、サクラセブンズの「世界一への挑戦」は、まだまだ続いていく。中村キャプテンは最後の円陣で、サクラセブンズの仲間たちにこう語ったという。

「金メダルって言い続けてきたから、その目標は私たちを救ってくれた。どんなに笑われても、金メダルって言い続けよう。ここがゴールでもあり、スタートです」

 リオでの悔しい結果は、ふたたび世界一へ向けての新たなスタートラインとなる――。

斉藤健仁●取材・文 text by Saito Kenji