日本語を学んでいる中国人でも、実際に日本人とコミュニケーションをする機会といえば、学校の先生と話すことくらいしかないのが実情だ。揚州大学の于潔さんは、自身がアルバイトをしていた時の経験を作文につづった。

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日本語を学んでいる中国人でも、実際に日本人とコミュニケーションをする機会といえば、学校の先生と話すことくらいしかないのが実情だ。揚州大学の于潔さんは、自身がアルバイトをしていた際に、日本人女性を接客した時の体験から、相手とコミュニケーションしようとする姿勢が大切だと訴えている。

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今年の冬休みだった。存分にパソコンゲームをしたり、朝もゆっくり起きたりできると思っていましたが、父に「何か社会体験しなさい」と言われました。そこで、無錫市の服飾チェーンストアでアルバイトをすることにしました。営業員になって、毎日さまざまなお客様の応対で忙しかったです。「客への対応が悪い!」と売場主任にしかられたこともありましたが、必死になって接客したおかげで、対応が上手になったと思います。

同僚たちは同じぐらいの年齢でした。この店で唯一の大学生として、よく「どこの大学?何の学科?」などと尋ねられました。私が少しのためらいもなく、「日本語を勉強している」と答えると、同僚たちの驚く顔が見えました。現在の日中関係を考えれば、「それじゃあ、輝かしい前途がないんじゃない?」と思ったかもしれません。私は彼女たちの考え方が分かりませんでした。

ある日、中年女性が店に入って来て、店員がいろいろな服をすすめていましたが、そのお客は何も言わず、店員の話を聞きながら、婦人服を見ていました。しばらくすると、英語で服の値段を聞いていました。同僚5人は英語ができず、いつものように視線で助けを求められたので、私はすぐに行きました。無錫は大都市なので、日本人が多く、彼女は中国人と見た目が似ていたので、日本人ではないかと思いました。そこで、日本語で話しかけてみました。

「お客様、何かお困りですか」すると、その女性は案の定「あら、あなた日本語がわかるのね。助かるわ」。その店ではじめて日本人に接客できるのがとても嬉しくて、一生懸命に応対をしました。女性は「娘のために、服を買いに来たの」と教えてくれました。私は若い女性向きの服をいろいろと紹介しました。娘さんは私の体型とだいたい同じとのことなので、彼女の代わりに選んだ服を試着して見せました。心をこめた対応に感謝されました。日本語を勉強していたおかげで、その人と簡単にコミュニケーションできたことがとても喜ばれたのです。

「お客様との楽しい出会いが体験できてよかった!日本語を勉強していてよかった!」と心の中で叫びました。彼女は「今日は、いろいろありがとう!日本語でコミュニケーションできて嬉しかったわ!」と言いました。私も日本語でコミュニケーションでき、そして日本人と直接触れ合いができて、感激しました。

しかし、同僚たちはお客が喜び、そして私がなぜ感激しているのか理解できません。彼女たちは日本語が分からないし、お客は中国語が分からないので、コミュニケーションができません。この店の店員のように、中国の若者は日本人と接触する機会があまりありません。接触する機会がなければ、コミュニケーションもできず、相手を理解することができないのは言うまでもないことです。

彼女は40代、そして私は20歳です。年齢の差が大きいです。彼女は顧客で、私は店員でした。対等ではありません。たとえ対等ではなくても心が通い合い、楽しくコミュニケーションができました。違う世代でさえよいコミュニケーションができるのですから、同じ世代の人たちならばもっと間単に相互理解、コミュニケーションができると確信します。

あの時、同僚たちはこう言いました。「あの人は日本人だったのか!」「日本語が分からないよ、私たちどうしたらいいの?」と。「大丈夫!私が通訳するから、一緒に応対しようよ!」。それを彼女たちには言えなかったのは、少し後悔しています。(編集/北田)

※本文は、第十一回中国人の日本語作文コンクール受賞作品集「なんでそうなるの?中国の若者は日本のココが理解できない」(段躍中編、日本僑報社、2015年)より、于潔さん(揚州大学)の作品「嬉しいコミュニケーション」を編集したものです。文中の表現は基本的に原文のまま記載しています。なお、作文は日本僑報社の許可を得て掲載しています。