かつてのプロレスのヒールレスラーといえば、会場の観客にとって恐怖の対象であり、憎悪の対象。そんな悪党たちをベビーフェイスのレスラーがやっつけて観客が溜飲を下げる、というのがひとつのフォーミュラ(公式)だったワケです。

 ただ、80年代以降、プロレス界とTVとの関連性が強くなると、多くのヒールレスラー達は皮肉や暴言を吐き、観客をヒートアップさせる方向性にシフト。怪奇派ですらコントのようなスキットをこなすように(真面目にやっても滑稽でしかないという側面もあるけども!)。
つまり、近代のヒールは「怖い」よりも、「嫌な奴、いけ好かない奴」という、嫌いなセレブやTVタレントに抱くような"目障り感"に近い現実的な存在になりました。

 ヒールの怖さの中には"非日常感"も含まれていた、というのが筆者の持論なのですが、そういった意味でいえば、「怖いヒールレスラー」は絶滅危惧種といえます。

 その「怖いヒールレスラー」の幻影を見る想いをしたのが、『ノーカントリー』(2007)。
その幻影を見せてくれたのが、スペインの名優ハビエル・バルデム(嫁さんはペネロペ・クルス)演じる、殺し屋「アントン・シガー」。

 大雑把にいうと、おかっぱ頭の殺し屋のオッサンが、ギャング組織からの依頼で、麻薬取引現場から持ち去られた大金を追い、道中で殺しを繰り返すお話。

 大金を持ち去って追われる立場となるのが、ジョシュ・ブローリン兄貴演じるベトナム戦争帰りのルウェリン・モス。この人が主人公と思いきや、実際の主人公はトミー・リー・ジョーンズ御大の老保安官。しかし、シガーの前ではどちらも添え物。

 感情の揺れは一切なく、淡々と息を吐くように殺しを重ねるシガーのその異様な空気感。コイントスで"やるか""やらないか"を決めるなど、殺し屋というよりサイコな殺人鬼といった声が挙がるのも頷けます。

 使う武器も特徴的で、キャプティブ・ボルト・ピストルと呼ばれる屠殺用の銃(本作では圧縮ガスボンベを繋げた殺人兵器に)で、時に人の額をぶち抜き、時にドアノブの鍵をふっ飛ばすなどフル活用。
 中盤から使い始めるサプレッサー(消音器)付きのショットガンもなかなかレアで、さらにこのふたつの武器の射撃音がそこら辺のアクション映画では耳にしない異質な音なんですね。

 作品を観終わった後、似たような音を聞いたらシガーの名前が出てきそうなほどに印象的。アメリカのプロレスでは得意技を「シグネチャームーブ(Signature Move)」と称しますが、まさしく記号的な音であり、シガーを示す武器になっています。

 シガーの異様な非日常感には「怖いヒールレスラー」のエッセンスが詰まっているなぁ、と筆者は思うのでした。

 また、本作では、ブローリン兄貴にしてもハビエル兄貴にしても、負傷して自分で治療するような場面が多く、この辺りもプロレスの舞台裏のような絵面にも見えて面白いところ。

 不透明でスッキリしない終わり方には賛否両論あるようですが、どちらの論点に立っても何か語りたくなる作品であることは間違いないオススメの作品となっております。

(文/シングウヤスアキ)