国際大学グローバル・コミュニケーション・センター講師 山口真一氏

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「ネット炎上」とは、インターネット上で個人や組織などに批判・攻撃が集中する現象を指す言葉だ。それはときに言葉の応酬にとどまらず、行き過ぎると社会的制裁にまで発展する場合もある。実社会にまで影響を及ぼすようになったネット炎上現象。誰が、どんな理由で炎上に加担しているのか。ソーシャルメディア上の発言がもとで何度かの炎上経験をもつ為末大氏と、そんなネット炎上を学術的に研究する山口真一氏。炎の中と外、それぞれから見える風景を重ね合わせることで、見えてきた「ネット炎上」の実体とは――。

■みんな一緒に沈んでいく快感

【為末】炎上に関して、最近ある人からアドバイスされて「なるほど」と思ったのは、「もう防災はあり得ない。これからは減災だ」ということです。ネット炎上はどうしたって発生してしまうものだから、そのときに被害を食い止めるために、日頃から自分の立ち位置に注意する、という発想ですね。

【山口】それはあり得ますね。ネット炎上しやすい/しにくいというのは、いわゆる“ネット人格”に左右されます。愛され系のネット人格を普段からつくり上げていれば、ちょっとミスをしても攻撃されない。一方で、いつも誰かを攻撃していたり、誰かに攻撃されていたりすると、愛され系と同じことをしても、ものすごく炎上してしまう。

【為末】その話題で思い出したのですが、元モーニング娘。の方と、綾小路きみまろさんです。このお二人は同じ時期に盗作騒動があったんですよね。

【山口】ありましたね。

【為末】そのアイドルの方は「すみませんでした」と謹慎したんだけど、きみまろさんは「申し訳ありません、魔が差しました」と言って、そのまま漫談を始めたという(笑)。

【山口】きみまろさんは愛され系だった、というわけですね。あるいは、それが許されるような空気感だったか。

【為末】インターネットって基本的に、エリート意識を嫌う空間ですよね。ふざけていたり、自虐的であったり、気取っていないことで愛される感じがあります。でも、それが強くなりすぎてしまうと、そこには真面目な人がいなくなってしまうとも思うんです。つまり、みんながお笑い芸人か、自称不良になってしまう。

【山口】なぜなら、それが一番減災になるから。

【為末】そうなんです。僕が中学生の頃、学校はヤンキーばっかりだったんですよ。そこでは真面目に勉強しているヤツがいじめられるんです。「もっと面白おかしく行こうぜ!」とか言ってからかわれる。「オレなんてもう人生おしまいだよ」みたいなことを言えば言うほど賞賛されるという空気がありましたね。みんなで一緒に沈んでいくことに酔っているような、僕は今のネットが時々そんな空間に見えるんですよ。

【山口】インターネット的な空気にばかり迎合していていいのか、ということですね。

■「ネットの声」拾うマスメディアの弊害

【為末】僕は今、テレビが自信を失っていることが、かなり大きな問題だと思っています。テレビって相当ネットを意識して番組をつくっているんですが、ネットの意見というのはマジョリティーの意見ではないですよね。本当のマジョリティーはネットにあまり書き込まないから。

【山口】そうですね、ネットの声がサイレント・マジョリティーを代表しているケースももちろんあると思いますが、ネット世論と社会全体の世論には、決定的に違うところがあります。普通の世論調査というのは、マスメディアが例えば電話や対面で誰かに聞きます。その人は聞かれたから答える。これは極めて受動的です。しかし、ネットの声というのは、もともと強い思いのある、言いたい人が言っている。極めて能動的です。

【為末】結果的に「聞いてもないのに答える人」の意見ばかりを拾うようになってしまっているわけですね。だから世の中に合わせているようで実はどんどんズレてしまっている。

【山口】聞いてもないのに答える人が意見を言うことは問題ではないのですが、そのようなネット世論をあたかも一般的な世論としてマスメディアが紹介することで、極端な意見が加速してしまうことはありますね。例えば、最近だと五輪エンブレム問題です。実際に講演などで聞いてみると、あのエンブレムが「著作権侵害だと思う」という人はほとんどいない。

【為末】そもそも、炎上は悪いことだと思いますか?

【山口】明らかな差別表現や誹謗中傷でない限り、誰かを批判する権利というのは表現の自由の中に含まれているので、炎上という現象自体を悪とは言えないと思います。ただ、炎上を恐れるあまり発信しなくなるというのは社会的には大きなコストです。これまで、表現の自由は政府によって規制され、それに民衆が反発してきたという歴史があるわけですが、今は民衆が結果的に表現の規制を行っています。しかも、その規制は、政府がするよりもより深刻です。

【為末】インターネットの発展によって、個人が自由に自分の意見を発信できるようになって、世の中の苦しい空気がスカッと晴れるかと思ったら、もっと息苦しくなっちゃった、みたいなことですか。

【山口】そうですね。インターネットという便利な道具を扱うリテラシーが不十分、とも言えるかもしれません。だからこそ、われわれのような研究者の立場からの発信や、インターネットに関する教育などにより、個々人のリテラシーを高めていくことが必要なのかと。

【為末】炎上加担者は、ネットユーザー全体からみればきわめて少ないということも知っておくべきですよね。

【山口】そうです。インターネットの情報は偏っている可能性があることにも意識的であるべきだと思います。

【為末】以前ネットで見かけて驚いたのが、「自分の周りは“全員”これを支持している、だから自分たちが正しい」という意見です。「自分の周り」が世間そのものだと本気で思っている人がいるんですよね。

【山口】日本にはディスカッション文化が根づいていないのも一因だと思います。批判に対して過敏に反応しないということも大事ですね。

【為末】最近は謝れば謝るほど、炎上が加速しやすくなる傾向がありますね。

【山口】「間違っていました」と認めることで、攻撃した側の正義感が正当化されてしまうと、あれもこれもとさらに攻撃をしかけたり、また別の人が正義感を満たしにやって来たりして、炎上加担者を助長してしまうんですよね。テレビ局の方に聞いた話ですが、上層部が炎上をとても恐れているそうです。中年以上の人って、視聴者から批判が直接来るということをそんなに経験していないんですよね。だから200件くらいのネガティブなコメントでも大慌てになってしまう。だって200回電話が鳴ったら大変なことですからね。

【為末】テレビは何百万人とか何千万人相手に放送していますからね。そのなかで200件というのはどういう数字かということですね。

■われわれは「ネット炎上」とどう向き合うべきか

【為末】アメリカではここ数年、「ソーシャルメディアをやめる」と宣言するスポーツ選手が出始めています。オリンピック前の炎上なんて最悪ですから。日本でもイメージを保たなければいけない立場の人は、そもそもソーシャルメディアを利用しないか、利用してもbotのようにお知らせだけを投稿する傾向があるように思います。双方向でSNSをやるメリットがないんですよ。

【山口】他の人に見える形で批判され得るのがインターネットの特徴ですから、有名人ほど利用しない方がいいという理屈も成り立ちます。しかし一方で、例えばオバマ大統領もツイッターを利用していますよね。毎回投稿には世界から批判的なコメントがついていますが、それで支持率が落ちるかと言えばそんなことはないでしょう。

【為末】国によっても違いませんか。

【山口】日本以上に炎上が問題になっているのが韓国ですね。炎上した芸能人が自殺してしまうという事件もありました。それはもちろんインターネット先進国であるということの裏返しなのですが、そんな韓国では最近、炎上のときに安易に謝罪しない個人や企業が称賛される傾向にあります。つまり、批判してる人たちの方がちょっと変なんじゃないの、という空気になりつつある。

【為末】日本でもそういう空気は感じます。

【山口】東日本大震災のときは、芸能人が震災とは関係のない面白ネタをツイートをしようものなら寄ってたかって「お前今どういう状況か、わかってる?」と言われたりしていたのが、熊本地震のときは、「不謹慎狩り」をする人たちの方がおかしいのではないかと批判されたりもしていましたね。

【為末】インターネットの自浄作用が働いていきているのかな。

【山口】ドイツでも面白い取り組みが始っています。今年、ドイツのケルンで難民による強姦事件がありました。その後、ドイツ各地で難民による強姦事件が起きたというデマが流されたんです。外交問題にまで発展した非常に悪質なデマなのですが、その対策として、民間企業主導で、ネット上の情報がデマかどうかを確認できるプラットフォームが立ち上げられたんですね。マップにピンが立っていて、その事件についてクリックすると、デマである場合その証拠が表示されるんです。

【為末】それはいいですね。そういうものが必要になってくると思います。

【山口】日本では、ネット炎上という現象が起こり始めてまだ10年くらいです。この先何十年も続いていくであろうインターネットは、まだ黎明期なんですよ。空気感が変わっていけば、日本でも炎上の脅威というのはだんだん弱まっていくのではないかと思います。

【為末】ということは、やはり社会的な知名度がある立場の人は、今だからこそしっかり何かしらの発信をして、世の中に「どんどん発信していいんだよ」という空気感をつくり出す責任があるのでしょうね。

【山口】もちろん、本当に間違っていたらそれはすぐに取り下げたり、謝罪するべきですが、そうでなければちょっとぐらい炎上してもいいんじゃないでしょうか。

【為末】励ましのお言葉、ありがとうございます(笑)。

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山口真一(やまぐち・しんいち)
1986年生まれ。国際大学グローバル・コミュニケーション・センター講師。2010年慶應義塾大学経済学部卒、2015年同大学経済学研究科で博士号(経済学)を取得し、国際大学グローバル・コミュニケーション・センター助教を経て、2016年より現職。専門は計量経済学。情報社会において新しく生まれた社会現象やビジネスモデルについて、定量的な考察をすることを主としている。「おはよう日本」(NHK)をはじめとして、テレビ・ラジオ番組にも多数出演。主な著作に、『ソーシャルゲームのビジネスモデル』(共著、勁草書房)、『ネット炎上の研究』(共著、勁草書房)などがある。
為末大(ためすえ・だい)
1978年広島県生まれ。陸上トラック種目世界大会で日本人初のメダル獲得者。男子400メートルハードルの日本記録保持者(2016年7月現在)。2001年エドモントン世界選手権および2005年ヘルシンキ世界選手権で男子400メートルハードル銅メダル。シドニー、アテネ、北京と3度のオリンピック出場。2003年プロ転向。2012年引退。現在、自身が経営する株式会社侍、一般社団法人アスリートソサエティ、株式会社Xiborgなどを通じて幅広く活動。著書に『諦める力』『逃げる自由』(ともにプレジデント社)、『走りながら考える』(ダイヤモンド社)、『限界の正体』(SBクリエイティブ)など。

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(朽木誠一郎=構成 西藤愛=撮影)