【日本代表コラム】“偶然”ではなく“必然”が生んだ2失点…埋め切れない世界との差

写真拡大

▽「ひっくり返せたゲームだった」と試合後に手倉森誠監督が語ったように、U-23コロンビア代表戦は勝ってもおかしくない試合だった。しかし、初戦のU-23ナイジェリア代表戦(5-4で敗戦)も勝てる試合だった。それでも結果は1分け1敗。第3節のU-23スウェーデン代表戦はグループステージ突破を懸けた決戦となる。

▽コロンビア戦では、ナイジェリア戦からシステムを変更し、これまで重用して来た[4-4-2]で臨んだ。攻撃に幅を持っているコロンビアが相手ということで、守備面を考慮しダブルボランチにMF遠藤航、そして初戦は出番がなかったMF井手口陽介を起用。また、両サイドにはMF矢島慎也、MF中島翔哉を置き、2トップにFW興梠慎三とFW浅野拓磨を配置。慣れ親しんだ形で臨んだ。

▽立ち上がりからペースを握った日本だったが、この日はフィニッシュの精度を欠いた。CKやFKなど敵陣でセットプレーも数多く獲得したが、相手の脅威となるシーンを多く生み出すことができず。ゴールレスのまま試合を折り返した。

▽浅野は「もっと早く攻撃陣である僕らが早い時間にゴールができていれば、もっと違った戦いになっていたと思います」と試合後に語った通り、コロンビアの戦意を喪失させるだけのチャンスはあった。しかし、それを生かせないでいると、2失点という報いを受けることとなった。

▽ミスが散見され、想像以上の5失点を喫したナイジェリア戦とは打って変わり、コロンビア戦はミスが減ったように思えた。しかし、前半同様に後半も相手ゴールに迫るシーンが続いた影響か、ダブルボランチの遠藤と井手口が前掛かりになるシーンが増え、バイタルエリアを空けてしまう時間が増えていった。

▽その隙を突かれたのが1点目だった。FWグティエレスがボックス手前でボールを持つと、中央で待つFWレンテリアに預けリターンを受け右足一閃。ブロックに入ったDF植田直通に当たったボールがネットを揺らした。

▽植田に関しては、しっかりとブロックに入り、GK中村航輔もあの軌道ではノーチャンスだった。しかし、グティエレスがレンテリアにボールを入れた際には、バイタルエリアが空いており、後手に回った守備が招いた失点とも言える。

▽ナイジェリア戦では、押し込んでいる時間帯の失点に浮足立ってしまったこともあったが、常に守備が後手に回っていた。クロスや縦パスへの対応、そして相手にボールが収まる前にではなく、収まってからの対応。個の力を持ち合わせる相手との勝負でやられていたが、コロンビア戦の先制点も同じものと言えるだろう。

▽2失点目も同様だ。中央で楔となったパボンが左のボルハへパス。ボルハのシュートはGK中村が何とかセーブしたが、DF藤春廣輝が対応を誤りオウンゴールを献上した。藤春の判断ミスはいただけないが、その前にボルハのシュートが決まっていた可能性も高い。崩しの部分での守備が後手に回った事が、結果的にオウンゴールへと繋がってしまったと言えるだろう。

▽この2試合で感じたことは、“世界“を経験していないということだ。海外組は、実質MF南野拓実(ザルツブルク)の1名のみ。バックラインは、クラブレベルで多少の国際経験はあるが、アジアを超えた世界との経験は殆どない。バイタルエリアで相手に自由を与えたらどうなるのか。相手のボールの持ち方、身体の使い方はどうなのか。リーチの長さ、コントロールの正確さ、シュートレンジの差──世代別の代表チームとはいえ、“世界”のレベルがどれほどなのかをこの2試合で体感したはずだ。ナイジェリア戦からコロンビア戦にかけて改善が見られた理由は、1度経験していたからだと思う。

▽一方で、浅野や中島のゴールに関しては、ナイジェリア戦同様に自分たちの形を出して得点した。攻撃面に関しては、2試合で6得点。どれも“偶然”の産物ではなく、しっかりと形を作っての得点だ。しかし、決めなくてはいけない場面で決められなかったのも事実。命取りになることは、この2試合でよく分かったはずだ。そして、得点と同様に失点もまた”偶然”の産物ではなく、“必然”なもの。中2日で対応しきれるほどのものではなかったが、先制点を許すまでは耐えていた様に思う。

▽ナイジェリア戦と比べると内容が向上したコロンビア戦。しかし、勝利という結果を掴むことはできなかった。それでも「最終節ではもっと強さを発揮できると楽観的に考えている」と語った手倉森監督。逆境を乗り越え続けてきたU-23日本代表チームにとっては、劇的な展開でのメダル獲得に向けた筋書きと言えるかもしれない。残された1試合で勝利を掴み、まずはグループステージ突破に向けて他会場の結果を待つことができるのか。“必然”が生み出す結果を掴むために、残り2日をしっかりと過ごしてもらいたい。

《超ワールドサッカー編集部・菅野剛史》