今回の五輪が4回目となる12年ロンドン五輪ウェイトリフティング銀メダリストの三宅宏実。昨年の世界選手権では48kg級に出場してトータル193kgで銅メダルを獲得しているが、リオデジャネイロ五輪は満身創痍ともいえる状態で臨むしかなかった。

 世界選手権後に左膝を痛め、さらに腰痛も発症。結局、リオ五輪競技初日8月6日の女子48kg級も万全な体調では迎えられず、試合前には痛み止めを射った上で座薬や服用薬まで使用する状態だった。

 ただ、追い風になる条件もあった。今大会、ロシアがドーピング問題で出場停止になり、75kg級で絶対的な強さを誇っていたタチアナ・カシリナが出場しなくなったため、中国は48kg級より75kg級の方が金メダル獲得の確率が高いと判断し、48kg級にはエントリーがなかったのだ。

 中国の選手を除くと、三宅の成績はギリギリで3位入賞可能と予想された。

 そんな彼女が取った作戦は、体のことを考えて、ロンドン五輪のスタート重量であるスナッチ83kgとクリーン&ジャーク108kgより重量を低めから始め、勝負どころでメダル圏内の重量に挑戦するものだった。さらに当日の体重もバーベルの重量に少しでも耐えるためにと、これまで47.5kg以下だったものを出場選手の中では最も重い47.95kgにするギリギリの調整をしてきた。

 ところが、試合が始まるといきなり暗雲が立ち込めた。スナッチは81kgでスタートしたが、三宅が「1回目は全然取れる重さでないような感覚で失敗したので、『これはまずい』と思って」と言うように、2回連続で失敗と追い込まれた。開き直った3回目は、何とか差し挙げ、首の皮1枚で次へとつなげた。

「あの時は正直、私の夏はもう終わったと思いました。3本目を取れなかったら『これまでだったのかな』と思うしかないなと考えて。でも、最後は無心でトライして取ることが出来たので......あれは本当に奇跡ですね。挙げた瞬間はグラグラッとしたのを何とか抑えることができて、クリーン&ジャークにつながりました。不思議な3本目だったけど、きっとみんなが手伝ってくれたんだろうな、という気がしました」

 昨年の世界選手権のスタート重量は82kgだった。その重量から落としてスタートするのは久しぶりだったため、逆に緊張感が出て不安になったという。それが苦戦した大きな要因だった。

 81kgは挙げたものの、スナッチの順位は8位。世界選手権2位のテフエン・ブオン(ベトナム)が、84kgからスタートして一度も挙げられずに記録無しで競技を終えたことは三宅にとって有利だったが、メダルの遠さは変わらなかった。

 それでも三宅は勝負をかけた。クリーン&ジャークはスタート重量を最初に申請したものより下げることなく、昨年の世界選手権と同じ105kgに挑戦。それをきっちり差し挙げてトータルを186kgにし、まだ試技をしていない2名を除くと1位と1kg差の2位につけた。

 重量が106kgに上がると、3回目に成功したマルガリタ・エリセイエワ(カザフスタン)には並ばれて体重差で3位に落ちたものの、上位に来る可能性があったチャヌ・ミラバイ(インド)が2度の失敗で記録無しに終わって脱落してくれた。

 その後は、三宅が107kgを挙げれば、すでに競技を終了していたペアトリス・ピロン(ドミニカ共和国)を抜いて3位に上がれる状況になった。

 そんな勝負がかかった中で三宅は、最初の107kgを失敗。胸の上にバーベルをクリーンした瞬間に、左ひじが膝に接触する反則を犯したと判定されたからだった。しかし、それに動揺することなく、最後の3回目にはきっちりと決めた。

「3回目はすごく緊張しました。これを取れば3位になるけど、取れなければ5位と大きな差があるので『絶対に取ろう。取らなければ日本に帰れない』と思っていました。すべてに集中して取ることができたので、決まったときは素直に嬉しかったです」

 こう話す三宅は試技を終えて3位が確定すると、下ろしたバーベルに頬ずりをした。その理由を彼女は「バーベルは16年間共にずっと練習してきたパートナーでもあるので、メダルを獲った時には最後にバーベルにハグして終わろうと思っていた。それも自分の夢だったので、できてよかった」と説明した。

 大会前の状態を考えればスナッチが81kgに止まった瞬間に、正直メダルは無理だと思えた。ロンドン五輪後の世界選手権3大会の銅メダルラインはトータル190kg前後。クリーン&ジャークで109kgを挙げなければ、トータル190kgには届かない状況だったからだ。

 しかし、五輪特有の重圧は三宅に味方をした。トータル188kgは彼女が銀メダルを獲得したロンドン五輪に比べて10kgも低い記録だったが、三宅は「4年前とは年齢も調整方法も違っているし、重量もぜんぜん違っている。記録には納得いかないけれど、父からは『五輪で重要なのは、記録ではなく順位だ』と言われているし、何が起きるかわからないのが五輪だから。その中でメダルを獲れたことが、本当に嬉しい」と話した。

 ケガで苦しむ彼女に、スポーツ界に吹き荒れるドーピング問題も味方した。まさに彼女のひたむきな取り組みに対してプレゼントされたともいえる、奇跡の銅メダルだった。

折山淑美●取材・文 text by Oriyama Toshimi