「決勝トーナメント進出の可能性を残しました」
 
 日本がコロンビアに2−2で引き分けると、テレビもネットも異口同音にそう報じた。なにより強調したのは可能性。引き分けに対する落胆ではなかった。この言い回し。僕には嘘臭いムード作りに聞こえて仕方がない。

 可能性が残ったと言うが、知りたいのは、それが20%なのか80%なのか、だ。突破確率は現状どれほどあるのか。

 グループリーグの最終戦対スウェーデン戦で日本が勝ち、ナイジェリア対コロンビアでナイジェリアが勝つ確率だ。引き分けてしまったことで、可能性はさらに減ったわけだ。スウェーデンと日本はいい勝負になるだろうが、ナイジェリア対コロンビアはどうなのか。

 ナイジェリアはすでに勝ち点6を獲得し、グループ首位を決めている。コロンビアに勝っても負けても、その事実に変動はない。

 この五輪サッカーは、期間が短いため試合間隔はほぼ中2日だ。最大のネックは強行日程にある。しかも舞台はブラジル。日本が2試合戦ったマナウスも、赤道に近いロケーションなので冬でも真夏の気候だ。3戦目を戦うサルバドールも、それよりマシとはいえ気温は25度〜30度の間。さらに言えば、国土がどデカいので移動距離も長い。時差まである。
 
 こんな過酷な条件下で行われるトーナメントは前代未聞。メダル(ベスト4以上)を狙おうと思えば、6試合を戦うプランニングが必要になる。手を抜きながら勝つ、言い換えれば、メンバーを変え、体力的な負担をチームで均しながら勝つ術が不可欠になる。アトランタ五輪優勝、北京準優勝の実績を持つナイジェリアにとっても、関係深いテーマだ。
 
 コロンビア戦にナイジェリアが全身全霊を傾けて臨むとは到底思えない。しかも今回のナイジェリアは、現地ブラジル入りが飛行機の手配の問題から大幅に遅れ、試合の数時間前にずれ込んだ経緯もある。
 
 日本戦の後半を見れば明らかだ。5−2になってから、彼らは意図的に手を抜いた。省エネを狙った。最終スコアは5−4で、際どい勝利だったが、決勝から逆算すれば、当然と言うべき正当性の高い作戦になる。
 
 2勝してベスト8入りを決めたとなれば、休みたくなるのは当たり前。コロンビアにとってはチャンスだ。通常より勝ちやすい設定の中で、試合をすることになる。
 
 通常の勝率が4割とすれば6割。5割なら7割。最低でも2割増しは堅いと見る。日本がスウェーデンに勝つ確率が5割あっても、突破の確率はそれを大幅に下回る。
 
 ちなみに、英国の大手ブックメーカーであるラドブロークス社の予想では、コロンビアの勝利は1.83倍で、ナイジェリアの勝利倍率(4.0倍)を大きく上回っている。両国の力関係をシンプルに反映したものではない。

 本来、子供にもできる考察だ。外国のサッカーファンの間では、言うまでもない常識話になるが、日本では「可能性が残った」で話は終わる。ファン、メディアは好んで思考を停止する。根っからの無知なのか。盛り上がりに水を差す行為を避けようとメディアが意図的に避けるのか。その辺りは定かではないが、少しでもネガティブな話を避けようとするメディアの商売根性が、結果的にファンの見る目を鈍らせていることは間違いない。

 日本はコロンビア戦に、初戦のナイジェリア戦から先発メンバー4人を入れ替えて臨んだ。初戦で活躍した大島、南野もベンチスタートとなった。手倉森監督に聞いたわけではないが、これは戦術的な問題、選手の好不調の問題だけではないはずだ。日本だって、過酷なスケジュールを意識している。固定メンバーで戦えば、3試合が限界であることを監督は心得ている。できるだけ多くのメンバーを使い、負担を均しながら戦おうと考えているはずなのだ。

 次のスウェーデン戦でも、先発メンバーはまた変わるだろう。コロンビア戦の終盤、遠藤航はフットワークが効かない状態に陥っていた。連戦の疲れを見た気がした。責任感の強いキャプテンとはいえ、次のスウェーデン戦はどうなの? と言いたくなるほど、哀れな姿をさらけ出していた。

 前にも述べたが、先のユーロ2016で優勝したポルトガルは、全7試合でフィールドプレイヤー20人をすべてを使い切った。フル出場の選手に至っては、1人も存在しなかった。勝因のひとつであることは明白だ。選手のやりくりという点で、準優勝に終わったフランスを大きく上回っていた。

 ユーロは1ヶ月で最大7試合を戦う大会だ。対する五輪は17日間で最大6試合。そして繰り返すが、舞台はブラジルだ。国土面積はユーロを開催したフランスの約13倍に及ぶ。移動距離が長い上に、暑さも加わる。もしナイジェリアがコロンビア相手に、全力で戦って勝利し、グループリーグを3戦全勝で抜けたら、その優勝はないーーとさえ言い切れる。コロンビア戦の引き分けを悲しまず、「可能性は残った!」とはしゃぐメディアを見ていると、それこそが日本が苦戦する原因だと言いたくなってしまうのだ。