ヨーロッパのサッカーの祭典EURO2016はポルトガルが地元フランスを下して幕を閉じました。EUROはまた、互いの「愛国心」を競うお祭りでもあります。

 今大会で注目を集めたのは、初出場でグループリーグを突破したばかりか、決勝トーナメントでも強豪イングランドを下して8強に進んだアイスランドです。人口33万人と、国というより田舎の小都市といった規模ですが、それだけに「俺たちのチーム」に対する誇りと愛情はとてつもなく、スタジアムには人口の1割に相当する3万人が押し寄せ、熱くて陽気でクリーンな応援が世界じゅうから賞賛されました(イングランド戦の実況の瞬間最高視聴率が99.8%に達したことも話題になりました)。

 それに比べて評判を落としたのはイングランドとロシアで、マルセイユでの試合後に両チームのフーリガンが暴動を起こして機動隊が出動する騒ぎになり、ロシアサッカー協会は大会からの追放を警告される羽目になりました。これでまた「ロシア人は民度が低い」という“偏見”が助長されることになるでしょう。

 今回のEUROはフランス開催ということで、パリ、マルセイユ、ボルドーの3会場で決勝トーナメントを観戦しました。印象に残っているのはボルドーのドイツ×イタリア戦で、1対1のまま互いに譲らずPK戦で決着する好試合になりました。

 ボルドーの会場は市内からトラムで30分ほどのところにあり、試合開始が近づくと、町で大量のビールを飲んだサポーターたちが続々と乗り込んできます。じつは今回の大会は、フーリガン騒動によって会場内での飲酒が禁止され、サポーターは会場入りする前にじゅうぶんに酔っ払っておこうと必死になったのです。

 白のドイツのユニフォームを着たサポーターたちは、トラムに乗り込むや壁や天井を叩き、足を踏み鳴らして応援歌を歌い始めます。私の前には年配の夫婦が座っていて、奥さんは車内の馬鹿騒ぎを完全無視でずっと窓の外を見ています。でも夫はどこかもじもじしていて、やがてスマホを取り出すとサポーターの写真を撮り、次は彼らといっしょに自撮りし、ドイツ国歌が始まるととうとうガマンできなくなって、サポーターたちといっしょに大声で歌いはじめました。どうやら彼もドイツ人で、奥さんの手前、最初はおとなしくしていたようなのです。

 面白かったのは、同じトラムに乗っていた数少ないイタリアのサポーターが自分たちの応援歌を歌いはじめたときです。それを聞くとドイツ人は喜んで手を叩き、ちゃんと最後まで終わるのを待って、より大きな声で自分たちの応援歌を歌いだすのです。

 そのやりとりを見ていて、EUROのサポーターの約束事がなんとなくわかりました。自分たちの「愛国心」を楽しむためには、ライバルの「愛国心」を尊重しなければなりません。そうやってどちらの愛国心=チーム愛がイケてるかを競いあうのが祝祭のルールなのです。――フーリガンは愛国心を楽しむことができないからバカにされるのです。

 この約束事さえ守っていれば、国旗をまとって愛国心を誇示し、街なかで大騒ぎしても嫌がられるどころか、大歓迎されます。それを見ながら、同じことが日本でできるようになるのはいつになるか考え、ちょっとうらやましくなりました。

『週刊プレイボーイ』2016年7月25日発売号に掲載

橘 玲(たちばな あきら)

作家。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ベストセラーに。著書に『日本の国家破産に備える資産防衛マニュアル』(ダイヤモンド社)など。中国人の考え方、反日、歴史問題、不動産バブルなど「中国という大問題」に切り込んだ『橘玲の中国私論』が絶賛発売中。最新刊『「リベラル」がうさんくさいのには理由がある』(集英社)が発売中。

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