リオデジャネイロ五輪、競技初日の8月6日に行なわれた水泳男子400m個人メドレー。金メダルを狙う日本人同士の戦いは、昼の予選から白熱した。

 予選で先に泳いだのは、第3組の萩野公介だった。平井伯昌コーチが「本人は200mまでは6割くらいで、残りは3割くらいで泳いだと話していました」と言うように、萩野の泳ぎには最初から余裕があった。2位を大きく離すと、最後の自由形のラスト50mは流すような泳ぎで4分10秒00でゴールした。

 一方、次の第4組で全米選手権優勝のチェース・ケイリシュと一緒だった瀬戸大也は、得意なバタフライをマイケル・フェルプスが持つ世界記録のラップより0秒12速い54秒80で入る泳ぎを見せた。次の背泳ぎでは予選の萩野のタイムを2秒上回り、300m通過タイムも1秒弱上回った。さらに最後の自由形では平泳ぎで追い上げてきたチェースとラスト50mは激しく競り合うデッドヒートに。最後は敗れたが、4分08秒47の自己新をマークした。

 萩野は決勝に向けて、「(予選は)平泳ぎからだいぶゆっくり行ったけれど、大也が速かったので決勝に向けてやりがいが出ました。各泳法の泳ぎ自体は今シーズンで一番よかったから、普通に泳げば4分5〜6秒台は出せます」と余裕を見せた。

 そして瀬戸も、「チェースに勝って4分10秒を切らなければと思って泳いだけど、ちょっと速すぎでびっくりしました。でも、それは調子がいいということなので、あとは自分のことに集中するだけだと思っています」と明るい表情を見せた。余裕を持って決勝に力を残そうとする萩野と、先手を取って精神的に優位に立とうとする瀬戸。互いの思惑が見えるレースだった。

 直接対決となった決勝で、吉と出たのは萩野だった。

「予選もいい感じで泳げたし、決勝もいい泳ぎができたと思うので、計算通りの試合ができたと思う」と言う萩野に対し、瀬戸は「決勝は疲れちゃいました。予選はすごくいい感じだったので、そのままいけると思っていたけど、昼寝から起きてみたら意外と疲労感があったので、まだダメだなと思いました」と苦笑する。

 萩野は、「最後の50mでチェース選手が迫ってきたので、すごく怖かったけれど、もう自分がやれるのはキックを打って勝ちきることだけだと思ったので......。スタミナは残っていました。そのための平泳ぎですから、下手くそだけど最後の自由形につなげられればいいかなと」とレースを振り返る。

 最後の自由形を58秒09でカバーして、4分06秒05のアジア記録をマークし、ケイリシュを0秒70抑えて優勝した。

「公介とチェースは、しっかり自分たちの実力を出し切っての大幅な自己新だったのが、金メダルと銀メダルにつながったけど、自分は4分09秒71で本当にヤバい記録。もっともっと練習が必要だと思いました」と瀬戸はいうが、彼もケイリシュに続く銅メダルを獲得して、日本競泳60年ぶりのダブル表彰台を実現したのだ。

 萩野の五輪初優勝の遠因は、12年ロンドン五輪にあった。平井コーチはこうふり返る。

「(6月の)ヨーロッパ合宿で時間があったので、いろいろ話をしたときに、萩野が『4分08秒94で銅メダルを獲ったロンドン五輪のときは、予選を4分10秒01で泳いで、決勝では体が重かった』と言ったんです。4月の日本選手権も予選はいい感じに4分09秒80で泳いでいたけど、本人は予選で4分09秒はいらないのではないかと言っていました。それでバタフライはリラックスして泳ぎ、背泳ぎは泳ぎを意識しろと指示をしました」

 予選でいい泳ぎをして、勢いや自信をつけることは必要なことだが、普通の種目は午前に予選があって午後に準決勝があり、その翌日が決勝というスケジュール。しかし、世界大会の400m種目は、午前予選で午後決勝と1日で勝負が決する。だからこそ、ほかの種目とは違う力の配分も必要になる。

 それを意識できたのが萩野の成長した部分である。自身で、「昨年の肘を骨折して世界選手権に出られなかったという経験がなければ、今の自分はいないと思う」というように、泳げない時期にいろいろなことを考えたからこそ、たどり着いた考えなのだ。小学生時代から天才スイマーであり続けた彼にとって、あの躓きはとても重要なものだったのだ。

 平井コーチは笑顔で話を続ける。

「萩野の場合は才能もあるし、努力もできる選手だけど、ひとつ足りないのはビッグタイトルだと思っていたんです。それさえ獲れば、萩野公介というスイマーが完全体になって、マイナスなことを考えず自分のプラス面をドンドン考えていく、北島康介のようなスイマーになれるのではないかと。そういう時がとうとうやってきたという感じです」

 さらに日本水泳界には、個人メドレーでタイトルを獲ったという意味も大きい。特殊種目に特化するのではなく、多様な技術と体力が必要になる、競泳の基礎ともいえる種目で世界の頂点に立ったからだ。平井コーチは「ある意味、日本の競泳が熟成されて始めているということの象徴ではないか」とも言う。

 小さいころからライバルとして競い合ってきた萩野と瀬戸のマルチスイマーとしての成長だけではなく、今大会は初出場の池江璃花子が100mバタフライ準決勝第1組で強豪を抑えて1位でゴールして決勝進出を果たすという、これまで見られなかった快挙を演じている。だが、それはリオ五輪だけのものではなく、20年東京五輪へ向けての貴重な一歩となるだろう。

折山淑美●取材・文 text by Oriyama Toshimi