中村美里ほんのり笑顔の銅!「金が欲しかった」悔しさと矛盾しない「この銅を大事にする」という素敵な想いの巻。
その銅メダルを大事にしてください!

大きな国際大会のたびに巻き起こる「柔道とは」論争。何故こんなものが勝ちになるのか、何故相手は逃げてばかりいるのか、日本の代表が負けるたびに怒りの議論が国内では巻き起こりました。世界の認識であるところの「洋服を着て、背中を地面につけたら点が入るレスリング」と、日本の認識であるところの「相手を投げ、組み伏せて、屈服させる武道」との違い。そこには埋まらない溝がある。

ただ、それはそれでいいと思うのです。日本には日本の柔道があっていい。勝ち負けを決める際には多少不利というか、勝ちに徹底していない部分があっても、哲学とか主義主張が優先されていい。「勝たなければ意味がない」という向きはあるでしょうが、何を一番大切にするかは人それぞれです。

その意味で、しっかりとした攻撃で相手を投げ飛ばすことができなかったなら、力不足として受け止めるしかない。日本柔道が勝つときは、圧倒的なチカラで。一本で決めるような戦いで勝つ。井上康生の金も、谷本歩実の金も、野村忠宏の金も、●●●●(※服役中につき自主規制)の金も、そうだった。相手を畳に叩きつけたまま突き上げるガッツポーズ。「金以外は負け」というのは、そこまでのチカラをつけるという意志表明。勝てなかったら、引き分けも惜しいもなく、負けなのです。

柔道女子52キロ級・中村美里さん。かつてのスーパー女子高生も北京銅の無念、ロンドンの初戦負けの屈辱を経て、25歳三度目の五輪。準々決勝では延長戦をフルに戦う8分間の死闘を越え、再び金に挑んだ準決勝。ともに世界を制した、優勝候補同士の激突は、試合開始直後に中村さんが極端な防御姿勢ということで指導をもらい、結局その指導ひとつの差だけで終わりました。負けなかった。相手は逃げていた。相手に指導があってもおかしくはなかった。しかし、ポイントを奪うこともできなかった。それは日本柔道としては「負け」であり、仕方ない。

柔道男子66キロ級・海老沼匡さん。前回銅メダルの実力者は今回も準決勝まで難なく進出。しかし、そこで勝てなかった。試合途中で相手に指導が行き、それで優勢勝ちが見えてしまった。逃げ切りを狙うのは当然としても、どこかでポイントをとってハッキリ勝つという意識ではなく、繰り返される相手の見栄えだけ派手な投げに「掛け逃げだろ!」とアピールすることに夢中になってしまった。審判員に向かって「掛け逃げでしょ!」と文句を言った瞬間、カウンターでとんできた「お前、技出してないだろ!指導!」のジェスチャー。勝ちではなく、優勢勝ちを意識したことで、海老沼さんの金は遠くに行きました。結局は、延長まで進んで、無理な態勢の投げを打ったところを返されての敗退。もったいない戦いだったけれど、これは日本柔道では「負け」であり、仕方ない。

それでも銅や銀に価値がないかと言えばそうではない。自分の心には「金以外は」という想いがあっても、周囲の人はそうでもない。銀でも銅でも「へー、これが五輪のメダルなんだ」という興奮は変わらないし、「すごくすごく頑張ったんだね」という労いは変わらない。祝福の気持ちは変わらない。金ならもっと大きな声で、とは思いますが、やはり「おめでとう」と言いたい。

時代を追うごとに柔道で勝つことは難しくなっています。今大会では地元ブラジルの頑張りはもちろん、日本人指導者を得たイタリア勢の躍進などさらに柔道が世界に広がり、受け入れられている感触が強まっています。重量級においては、本命候補になることも少なく、日本の苦戦がつづいています。それはとてもいいことです。発祥の地が永遠に絶対強者でありつづけるなんてことは面白いはずがなく、日本にとっては辛いことですが、今のJUDOの流れは正しい発展の道のりです。

だから、手の平を大きくまわしながら応援していきたい。

戦う前はもちろん日本の誇りを掲げ、日本の柔道家の「金」を祈ります。微妙な試合で負けようものなら、「こんなのは柔道ではない」と憤りもするでしょう。しかし、すべてが終わって、金でなくても銀や銅に届いた選手がいれば、それはほかの競技と同じように祝福したい。手の平クルクルーで銅を大喜びしたい。

選手にもそうあって欲しいと思います。もちろん悔しいでしょう。金が欲しいでしょう。しかし、銀も銅も特別なもの。4年で3つ、柔道なら4つ(※銅2個)しか生まれない特別なものです。世界の全員がそれを獲りたいと、命を懸けて臨む品物です。片手間に、しぶしぶもらうようなものではない。

中村美里さんが表彰式でほんのりとした笑顔を見せたあとに残した「色んな思いをして獲ったメダルなので大事にしたい」という言葉。この素晴らしい言葉を、日本の柔道家全員に贈りたい。悔しさと喜びを矛盾なく受け入れるための言葉として。

「金が欲しい」という想いは永遠に消えないものであっても、「このメダルを大事にする」という想いはそれと矛盾しない。

「金が欲しい」と「銅を大事にする」は矛盾しない。

「金を獲ってほしかった」と「銅メダルおめでとう」は矛盾しない。

あるのとないのとでは全然違うメダルを、大きな声で祝いたい、そう思うのです。

銅メダル、おめでとう!

↓美里ちゃんおめでとう!銅メダルだ!


海老沼さんは、まぁ、うん、おめでとう!

あの準決勝は帰国後の説教対象だと思いますが、とりあえずおめでとう!

帰国後に厳しい説教があると思うけど、今日はおめでとう!

↓最高の笑顔じゃないかもしれないけれど、笑顔が見られて嬉しかった!

笑ってるね!うん、笑ってる!

糖尿病向けの食事くらいすごい薄味だけど、これは美里スマイルです!

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出場全階級メダルは悪くない!最終的に金が2個くらいあると嬉しいです!