『江戸の悪』(渡邉 晃:著、太田記念美術館:監修/青幻舎)

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 一時期「ちょいワルおやじ」という言葉が流行したことがある。簡単にいえば不良っぽいファッションに身を包んだ中年男性のことだ。昔も「ツッパリ」なんて言葉が流行した時代があって、派手な学ランを着込んだ若者たちが暴れていた。このように今も昔も「ワル」に対する憧憬は、一定層において受け入れられている。そしてそれは、現代に限った話ではない。江戸時代でも、そのような「悪」がもてはやされていたのだ。『江戸の悪』(渡邉 晃:著、太田記念美術館:監修/青幻舎)には、どんな悪人たちが人気を集めていたかが「浮世絵」を使って鮮やかに紹介されている。

 本書に登場する「悪」には「悪人度」というものが設定されている。これは著者である渡邉 晃氏によるものだが、氏によれば「悪人度の判定は難しい」という。それは善悪の評価は人それぞれ異なるからであり、普遍的な「絶対悪」を探すのが難しいからだ。ゆえに著者は「人を多く殺していて、反省がないと星が多くなる」傾向とする。

 ではその条件で悪人度最大の「星5」を獲得しているのは誰か。まずは「立場の太平次」。多賀家乗っ取りを企む主の手下として、政争絡みの人間だけでなく悪事仲間や自らの女房まで殺害していく極悪人だ。次に江戸の町医者「村井長庵」。義弟の重兵衛が娘を吉原へ売って得た50両を、彼を殺害して強奪。その罪を自分の患者に着せるなど非道を尽くした。そして歴史的に有名な「蘇我入鹿」が、山背大兄王を殺した大悪人として星5に。同じく歴史上の人物で、菅原道真を陥れた「藤原時平」も、公家悪の代表として名を連ねている。他に「民谷伊右衛門」は『東海道四谷怪談』であまりに有名な人物。そして妖術使いとして描かれる「仁木弾正」は、江戸時代に起こった「伊達騒動」の原田甲斐がモデルであり、やはり極悪人とされている。

 このような悪人たちは江戸ではとても人気があり、たびたび浮世絵に登場する。それは歌舞伎や狂言などを題材にした浮世絵では、その演目に合わせた人物が描かれるからだ。つまり評判のよい演目は繰り返し上演されるため、その登場頻度も増えることになる。藤原時平の『菅原伝授手習鑑』など現在でも上演される演目も多く、人気のほどが分かろうものだ。もちろん五代目松本幸四郎や八代目片岡仁左衛門など、当時評判の役者たちが演じたこともその人気に拍車をかけたことだろう。

 あと、悪人の切り口として面白いのが、実際の人物を女性化しているケースがあることだ。例えば侠客・団七九郎兵衛を女性に置き換えた「団七縞のお梶」や平安時代の盗賊・熊坂長範の女性版「熊坂於長」などが知られている。現代でも歴史上の人物を女性化した漫画やゲームをよく見かけるが、これは今も昔も考えることは変わらないというよい証拠といえそうだ。

 先に述べたように善悪の評価は人それぞれである。悪人と呼ばれる中にも、盗んだ金を貧しい人に与えたという鼠小僧のような「義賊」や、博徒だが飢饉の折に農民を救済したという国定忠治のような「侠客」といった存在がいた。また『忠臣蔵』の吉良上野介は悪人として描かれることが多いが、近年は再評価され名君とする傾向もあるのだ。おそらく今後も、我々の悪人に惹かれる「性」というものは変わらないだろう。しかし時代と共に「悪」の定義も移りゆき、新たな悪人像が人々の心を魅了しているのかもしれない。

文=木谷誠