日本と中国は隣国同士でありながらも、国の体制や文化、人びとの習慣など異なる点も数多く存在する。当然、「中国には存在するが、日本には存在しないこと」も多々あり、その逆もまた然りと言える。(イメージ写真提供:123RF)

写真拡大

 日本と中国は隣国同士でありながらも、国の体制や文化、人びとの習慣など異なる点も数多く存在する。当然、「中国には存在するが、日本には存在しないこと」も多々あり、その逆もまた然りと言える。

 中国メディアの散文〓作文網(〓は口へんに「巴」)はこのほど、「日本にあって、中国にないもの」について考察する記事を掲載した。

 記事は、「日本は完璧さや極致さを追求する国」であると指摘し、製品の品質や生活の質、空気や環境面においても同様であると指摘、日本人も社会的な信用を重んじる国民性であると指摘し、こうした点はいずれも「日本にあって、中国にないもの」であると論じた。

 さらに、社会的な信用を重んじる国民性の事例として、「日本人はわずかな利益のために身分や立場を偽るようなことはしない」と指摘し、観光地などで料金の割引を得るために障がい者を装うような人はいないと主張した。中国では障がい者を装った物乞いや密輸業者などが数多く存在するほか、2010年に開催された上海万博でも、障がい者が優先的に入場できることに目をつけた一部の中国人が車いすに乗って優先入場をしたことが大きな問題となった。

 また記事は、日本で外食をする場合、中国のように「問題のある食品を食べさせられる可能性を案じる必要がない」ことを指摘したほか、日本の役所では手続きに来た人が書類を「偽装」している可能性を疑うことなく手続きが進められるため、各種手続きは極めて短時間で終わると紹介。

 つまり、日本では見知らぬ間同士でもお互いの信頼関係に基づいて社会が構築されていると指摘し、「中国人は日本で長い間暮らしていると、“間抜け”になってしまうのだ」と主張している。

 記事は最後に、「日本で暮らしていると間抜けになる」と論じているものの、これはお互いが信用できない中国社会で生きていくうえでの警戒心を失ってしまうという意味合いで使用されているものだ。日本の社会は大部分が「性善説」に則って構築された社会であり、こうした点こそ「日本にあって、中国にないもの」と言えるだろう。(編集担当:村山健二)(イメージ写真提供:123RF)